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09:仲直り


 時は少し遡り、エリアスがフーゴの家を訪れていた頃、ウリカは自分の部屋の窓から外をぼんやりと眺め、考えていた。

 その内容はもちろん、あの夜会の時のフーゴとのやり取りである。


 ウリカはあのとき、フーゴに当たってしまったことを後悔していた。

 あのときのフーゴは、本当に傷ついた顔をしていた。あの言葉はウリカの本心ではない。あれは、ただの八つ当たりだ。醜い思いを暴かれないために、ウリカは酷い言葉でフーゴを傷つけたのだ。


(フーゴに謝らなくちゃ…でも、どんな顔をして会えばいいの…?)


 ウリカはかつてないほど考えた。

 考えに考えて──なぜか、段々と腹が立ってきた。


(…なんでフーゴはあれから来ないの? 今までもう来るなって言ってもしつこく来たのに、なんで今回はあっさりと引くの? なんだか段々と腹が立ってきたわ…!)


 ウリカとフーゴがケンカをするのは、これが初めてというわけではない。それなりに長い付き合いだ、ケンカも何回もしている。

 いつも、どちらが悪いにしても、ケンカをした翌日になると、フーゴはケロリとした顔をして、普通にウリカに接する。たとえウリカが怒っていても、フーゴはそれに構うことはなかった。

 それなのに、なぜ今回だけは対応が違うのか。


(…これもフーゴの策略なのだわ。きっと、ドエス道がどうのこうのという感じの)


 きっとそうに違いない、と決めつけたウリカは、その怒りの勢いで、フーゴの家に向かった。

 しかし、フーゴの家に着くと、怒りで忘れていた気まずさを思い出し、どうしようと戸惑っている間に、ウリカはフーゴがいる部屋に案内された。

 そしてフーゴの顔を見たとたん、なぜか無性にほっとし、涙が零れそうになったのを慌てて両手で押さえる。

 フーゴが駆け寄ってきた気配を感じ、手から顔を離すことができないまま、ウリカは素直に謝った。普段のウリカなら考えられないような素直な謝罪の言葉が口から零れて、当の本人であるウリカも驚いたが、謝られているフーゴはもっと驚いているだろう。いつになく動揺した口調で自分も悪かったとフーゴも謝る。

 そのフーゴの言葉にほっとしたのと同時に、フーゴを見て一時期どこかに行っていた怒りが戻ってくるのを感じた。


(わたしがフーゴに当たるのはいつものことですって…? それじゃあ、わたしがいつもフーゴに当たっているみたいじゃない…! それに、いつもは絶対謝らないで喧嘩したことをうやむやにしようとするくせに、なんで今回は謝るの? なにを企んでいるの…!?)


 そんな些か理不尽なことをウリカは思い、ゆっくりと手を顔から離す。

 そこからはいつもの二人のやりとりである。ウリカはフーゴを絞り上げ、フーゴはギブアップと叫ぶ。いつものやりとりを一通り終えたところで、ウリカはようやくエリアスとシーラの存在に気づいた。


「あれ…兄さまとシーラ…? どうしているの?」

「…………やっと気づいて貰えて嬉しいよ…」


 きょとんとした顔でエリアスとシーラを見るウリカに、エリアスは顔を引きつらせて答えた。

 その隣に立っているシーラはにこにこと笑って小さくウリカに手を振っている。

 微妙な雰囲気の漂うのを吹き飛ばすように、エリアスは咳払いをした。


「…ゴッホン! まあ、ウリカとフーゴが仲直りできたようでなによりだ」

「…仲直り?」


 『仲直り』という言葉にウリカはぴくりと反応し、半眼でエリアスを見据えた。

 その表情の剣呑さにエリアスは思わず半歩下がった。


「…兄さま。わたし、フーゴと仲直りをしたつもりなんてこれっぽっちもないわ」

「え…」


 にこりと笑みを張り付かせてウリカは言う。

 その言葉にエリアスは目を見開き、フーゴも驚いた。唯一、シーラだけはにこにことしている。


「フーゴはなにか企んでいるのよ! 確かに今回のことはわたしにも悪いところがある。それは認めます。だけど、いつも喧嘩したことを気にしないでやって来るフーゴが1ヶ月も来ないなんておかしいわ。絶対なにか企んでいる…! その企みを阻止するまで、わたしはフーゴと仲直りはしないわ」


 きっぱりと仲直りはしないと言い切ったウリカにエリアスは言葉を失い、フーゴは驚きのあまりか、口をパクパクとさせている。

 これが無茶苦茶な言い分だということはウリカもわかっていた。それでも、許せないと思ったのだ。


(そんな簡単に離れられるなら、もうわたしに構わないで。このまま離れて。そうじゃないと、わたし…)


 ──期待してしまう。

 フーゴにとってウリカは特別な存在なのだと。


 この1ヶ月でウリカは、フーゴが自分の中でどのような存在なのかを思い知った。

 今までは当たり前すぎて、気づかなかった。──いや、気づこうとしなかった。

 しかし、1ヶ月離れてみて、気づかされた。フーゴがウリカにとって、すごく特別な存在であるということを。

 あの夜会のときだけだったなら、気のせいだと自分に言い聞かせられた。あのまますぐに仲直りができていたなら、あれは動揺したからフーゴが特別な存在であると思い込んだだけと思えた。

 だけど、1ヶ月という期間、フーゴと会わずに過ごし、フーゴについてたっぷりと考える時間を与えられて、認めざるを得なかった。この1ヶ月間、ウリカは寝ても覚めてもフーゴのことばかり考えて、考えるのをやめようとしてもできなかった。

 それくらい、ウリカにとってフーゴは特別な存在なのだ。


 そのことに気づかされたウリカは、気づきたくなかったと心から思った。気づかなければ、ウリカとフーゴの今のままの関係でいることができただろう。気づいてしまった今は、きっともう、前のようにはできない。

 結局、ウリカは今のフーゴとの関係を変えることが怖いのだ。だから、本当はもっと前からフーゴはウリカにとって特別な存在になっていたのに、ずっと気づかないふりをしてきた。


「ふ…ははっ! それでこそ、ウリカだ」


 突然笑い出したフーゴに、今度はウリカが目を丸くする。

 驚いているウリカにフーゴは近づき、不敵に笑う。


「僕は君と仲直りがしたい。だけど君は仲直りしたくないという。ならば、競争しよう」

「きょうそう…?」

「そう。僕が1ヶ月以内に君と仲直りができたら僕の勝ち。仲直りできなかったら君の勝ち。勝った方がお互いの言うことを1回だけ聞く──そんな内容でどうだろう?」

「…なんでも?」

「お互いのできる範囲で、なんでも」


 しっかりと頷いたフーゴにウリカは少しの間考えて、「いいわ」と答えた。


「その勝負、やるわ」

「…よし。期限は1ヶ月後の今日だ。エリアスもシーラも、聞いていたな?」


 フーゴは背後を振り返り、黙って成り行きを見守っていた二人に言うと、二人はしっかりと頷いた。


「エリアスとシーラが承認だ。いいか、ウリカ。僕は今日から全力で君に謝りに行く。そして絶対に君と仲直りをしてみせる」

「…そう簡単に許さないわ。わたしは全力であなたの企みを阻止してみせる」


 キッと睨んだウリカにフーゴはフッと笑う。


「…その目…いいな。服従させたくなる…」

「……」

 

 台詞だけ聞けばドエス発言だが、その顔が台詞を裏切っていた。

 フーゴの顔は不敵に微笑むどころか、うっとりとした顔をしており、視線でウリカにもっと罵ってくれと訴えかけているような錯覚に陥るものだった。

 そんなフーゴからウリカはそっと距離を取り、助けを求めるようにエリアスとシーラを見た。

 しかし、エリアスとシーラは微笑ましそうな顔をして見ており、助けてくれそうにない。

 どうにかして、と思いつつも、いつもと変わらないフーゴの様子に、ウリカはとてもほっとしていたのだった。

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