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06:知らないひと


 太陽の光の下で見るフーゴと、シャンデリアの灯りの下で見るフーゴは別人のようだ、とウリカはいつも思う。

 それはフーゴの表情のせいかもしれない。フーゴはこういった人の集まる場所に出ると、いつもの自信に満ちた顔ではなく、優しげで柔らかい──けれど、どこか作り物めいた笑みを浮かべる。

 そんなフーゴがまるで知らない人のようで、ウリカは不安になる。

 ──いつか、フーゴがウリカの前からいなくなってしまうのではないか、と。


(…ばかね。そんなことあるわけないのに。わたしったら、なにを考えているのかしら)


 そして芽生えた不安を一蹴するのもいつものことだ。

 きっとこれは、独占欲からくる不安だ。いつまで経ってもウリカにとってフーゴは可愛い弟分で、そんな弟を誰かに取られてしまうのが面白くないと感じてしまう。

 こんなふうに思うのは誰しもあることで、特別なことではないのだ。


「そんなにダンスが憂鬱?」


 顔を俯かせて考え込んでいたウリカに、フーゴが揶揄い混じりに問いかけてくる。

 顔を上げると、そこには余所行きの笑顔ではなく、いつもウリカに見せるような、いたずらをしようと提案する子どものような笑みをフーゴが浮かべていて、そんなフーゴの笑顔にウリカはほっとしてしまう。


「わたしがダンスだけは苦手だって知っているのにそれを聞くの? 意地悪ね」


 本当はダンスのことなんてこれっぽっちも考えていなかった──忘れていたともいう──のに、ウリカは反射的にそう返していた。

 きちんと返事ができた自分を褒めて、先ほどほっとした理由については深く考えないようにした。


「ウリカに意地悪をするのが僕の趣味だからな! 夜会は君に意地悪をできる絶好の機会だ。これを逃す手はない。それに、踊れば高確率で足を踏まれるから、これぞ一石二鳥というやつだ」


 胸を逸らし、自慢げに言い切ったフーゴにウリカは、いつものことながら、呆れ果てる。


「…あなたねぇ…結局、フーゴはいじめるのが好きなの、それともいじめられるのが好きなの?」

「それは難しい質問だな…」


 うーんと真剣に考え込んだフーゴにウリカは呆れ果ててしまうのと同時に、最近同じ質問を誰かにしたな、と思い出す。

 いったい誰だったか──と記憶を辿り、その質問をした相手がシーラであることを思い出し、血筋って恐ろしい…と慄く。

 しかし、悩んでいるだけフーゴはマシな部類なのかもしれない。シーラはまったく迷うことなく答えていたのだから。


 悩み込んでいるフーゴに飲み物を貰ってくると声をかけて、ウリカはいったんフーゴから離れた。

 そして飲み物を貰い、フーゴのもとへ戻ると、フーゴは大勢に囲まれていた。その過半数はウリカと年の近い令嬢たちである。

 フーゴはウリカの苦手な余所行きの笑顔を浮かべて、令嬢方の対応をしている。たくさんの人に囲まれているからか、フーゴはウリカの視線に気づかない。


(なんだか…フーゴがとても遠い…)


 声をかけることも躊躇うほど、多くの人に囲まれているフーゴ。それはウリカの知っている泣き虫な男の子ではなくて、まったく知らない男の人だった。

 そう思ったら、いいようのない不安と寂しさに襲われる。助けを求めるように周りを見回し、知り合いを探していると、くすくす、と笑う声が耳に入る。


「運良くフーゴ様の婚約者になれただけですものねぇ…なんの取り柄もない伯爵令嬢が見放されるのも、当然の成り行きというものですわ」

「お可哀想に。婚約者にその存在に気づいて貰えないなんて…! まぁ、あの容姿では気づかれなくて当然かもしれないけれど」

「あらあら、少し言い過ぎではなくて?」


 くすくす、と人を馬鹿にする笑いを零す令嬢たちを見ないようにして、ウリカは大きく息を吸い込んで吐き出す。

 そして真っ直ぐに前を向いて、堂々と歩く。

 ここでうじうじしてしまえば、彼女たちの思う壷。わたしはあなたたちの言うことなんてこれっぽっちも気にしていません、というように堂々としていれば、彼女たちの悪口も勢いをなくす。それをウリカはよくわかっていた。


 こんなこと、いつものことだ。これくらいでいちいち落ち込む方が馬鹿らしい。言わせたい人たちに言わせておけばいい。


 そう、繰り返し思うのに、なかなか心は言うことを聞いてくれなくて、先ほどのフーゴの様子と、令嬢たちに言われた台詞がぐるぐると頭を巡る。

 いつもなら、なにを言われても気にならないのに、どうして今日はこんなにも心がざわつくのだろう。

 いつもと今日の違いはなにかと考えて、フーゴが傍にいないことだ、と気づく。


(わたし…フーゴがいることで、安心してたの? だから、なにを言われても気にならなかった?)


 そうだ。フーゴはウリカがなにか言われるたびに、ウリカの代わりに──少し方向性が違っていたが──怒ってくれた。そして気にするなと言ってくれた。

 ウリカはその言葉に随分と慰めされていたのだ。例え、それが少しズレていたとしても。


「『いつからわたしの中でフーゴの存在がこんなにも大きくなっていたのかしら…』」


 ふと近くで聞こえた声にウリカは振り向き、呆れた目を向ける。


「…………兄さま、キモイ」

「き、キモイだと…!?」


 がーん、と大袈裟にショックを受けるエリアスを、隣に寄り添っていたシーラが「ショックを受けているエリアス様もすてき…」とうっとりとした目で見つめる。いつもの二人である。


 明らかな男性の声で、女性の声真似──恐ろしいことにウリカの真似らしい──をしたら、誰だって気持ち悪いと思うだろう。

 キモイと言われたくないのなら、もっと声真似の芸を磨き直せ、とウリカは言いたい。

 ネガティブスイッチが入るかと、ウリカは身構えたが、エリアスは寸前のところでスイッチを入れるのを止めたようで、わざとらしく咳払いをした。


「…ゴホン。どうした、ウリカ。フーゴはどうしたんだ?」


 兄の威厳を取り戻すかのように、エリアスはウリカに問いかける。それにウリカは呆れた視線を向けながら、「あっちでたくさんの方に囲まれているわ」と平常を装って答えた。


「…あぁ。そういえば、あちらの方が賑やかでしたわ。それは、フーゴが原因なのね」


 納得したように答えたシーラから、ウリカは一瞬視線を落とし、すぐににっこりと笑顔を浮かべてみせた。


「そうなの。あんな残念なのに、なぜみんなフーゴがいいのかしら。やっぱり顔? だとしたら、顔が良い人って本当に大変ね」


 ペラペラと話すウリカに、エリアスとシーラは互いに顔を見合わせる。

 そして、同時に心配そうな顔をする。


「…ウリカ、大丈夫?」

「……? なにが?」


 シーラの問いかけにウリカが不思議そうに返す。


「おまえ…なんだか泣きそうだぞ」


 そう言ったエリアスの台詞に、ウリカは目を見開いた。




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