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05:ときめいても残念


 フーゴは「夜会が好きか?」と聞かれたら即座にイエスと答える。

 なぜならば、ウリカの着飾った姿を見ることができるうえに、夜会ではヒールの高い靴を履き、ダンスがあまり得意ではないウリカに高確率で足を踏まれるからだ。

 そして失敗したときに僅かに動揺し、上目遣いでフーゴを見つめられるのもいい。最高である。


 しかしその一方で、着飾ったウリカを多くの男どもの目に晒すことになるのは、ちょっと…いや、かなり気に入らない。

 ウリカは自分の容貌のことを平凡と評しているが、フーゴからすれば、ウリカはとても可愛らしい容姿をしていると思う。

 確かにウリカはエリアスとは似ていないし、美人とは言い難い。だが、それとはまた別の愛らしさがある。例えるならば、子ウサギのような愛らしさだ。

 つまり、ウリカはとても可愛い。

 そんな着飾ったウリカをじっくりねっとり眺めるのはフーゴだけでいいのである。そしてその足で踏まれるのも、冷たい眼差しを向けられるのも、フーゴだけでいい。


「ウリカに虐められるのは僕だけの特権であり、ウリカを虐めるのもまた僕だけの特権だ…!」

「……フーゴ…ここは人目があるってことを忘れてないか…」


 げんなりした様子で言うエリアスに、フーゴはなにを言っているのかと言うようにフッと笑った。


「もちろんわかっているとも。ここには僕のことをよく知っている人しかいない。だから思ったままのことを口にしても呆れられるだけで、なにも問題ない」

「いや、大いにあると思うけどな?」

「僕に対する他者の評価は僕自身よくわかっているからな、それを落とすようなヘマはしないさ。それがなにより僕のため、ひいてはウリカのためになる」

「…俺の話を無視しないでくれないか…そんなに俺は存在感が薄いのか…? そうだよな、どうせ俺なんて空気のように…いや空気は生きていくうえで必要不可欠だから空気に例えるのはおこがましいか…あぁそうさ俺は空気以下のゴミクズなんだ…」


 エリアスのツッコミをフーゴはスルーし、それによってエリアスのネガティブスイッチが入ってしまう。

 しかしフーゴはそんなエリアスに気づくことなく、ウリカにいかに自然に華麗に踏まれるかを熱く語りだした。

 一方はドエム発言、もう一方はネガティブ発言を各々呟き続け、周りにいた使用人たちは表情を引きつらせる。


 早くこの状況をなんとかしてほしい──それがその場にいたフーゴとエリアス以外の人物が満場一致で願ったことだった。

 そんな願いが通じたのか、ひょっこりとウリカが顔を出す。


「兄さまとフーゴ…あなたたち、いったいなにをしているの」


 呆れた顔をして声をかけたウリカを二人は一斉に見る。

 ウリカは夜会に参加するために着飾っていた。瞳の色に合わせた、淡い水色のドレス。背中と胸元が大胆に開いているが、扇情的な雰囲気はない。ウリカの小動物のような愛らしさを活かしたふんわりとしたデザインとなっているため、まるで花の精のようであった。

 そんなウリカを見てエリアスは微笑み、フーゴは眩しそうに見つめた。


「ウリカ、そのドレス、とてもよく似合っている」

「ありがとう、兄さま。このドレス、フーゴがくれたのよ」

「フーゴが?」

「ウリカを着飾らせるのは婚約者である僕の特権だからな。…うん、想像通り──いや、想像よりもよく似合っている。綺麗だ、ウリカ」


 そう言って微笑んだフーゴにウリカは頬を赤く染めた。

 フーゴは誰もが認める美青年である。そんな美青年に褒められれば、例えそれが見慣れた幼馴染みであっても、ときめくのが乙女心というものだ。

 ウリカはそう自分に言い聞かせて、このうるさい鼓動を静めようとしたが、あまり効果はなかった。


「あ、ありがとう…」

「まるで花の妖精のようだ。そんな君を泣かせたらどんなに気持ちいいだろう…! あぁ、足を踏まれるのも楽しみにしているぞ」


 踏むなら思いっきり踏んでくれ。


 そう、にこにこと告げた通常運転のフーゴにウリカは脱力し、先ほどのときめきを返して欲しいと切実に思った。

 上機嫌に話すフーゴをスルーし、ウリカはエリアスに話しかける。


「兄さまはシーラを迎えに行かなくてもいいの?」

「…その必要がないからな…」

「必要がない…?」


 きょとんとしてウリカが首を傾げると同時に玄関がなにやら騒がしくなる。

 いったいなにごとだろうとウリカがエリアスに聞こうとすると、エリアスはどこか遠い目をして「…来たか」と呟く。

 「なんのこと?」とウリカがエリアスに尋ねようとすると──。


「エリアス様、シーラがお迎えに上がりましたわ!」


 満面の笑みを浮かべたシーラが現れた。

 そんなシーラとは対称的に、エリアスは誰が見ても引きつっているとわかる笑顔を浮かべて、シーラからほんの少し視線を逸らしながら言う。


「…アールストレーム嬢。以前から申しておりますが、俺を迎えに来る必要はありません。むしろ、俺があなたを迎えに行かなければならないのですよ…」

「いやですわ、エリアス様。アールストレーム嬢だなんて他人行儀にお呼びにならないで。シーラとお呼びくださいと何回も申し上げておりますのに、エリアス様ったら、照れ屋さんなのですから♡」


 そんなところも大好きなのですけれど、ときゃっきゃっとはしゃぐシーラにエリアスはハハハと空笑いを返す。哀愁漂うエリアスをウリカは心の中で応援する。


(兄さま、がんばって…!)


「それに、エリアス様に迎えに来ていただくなんて、畏れ多いことですわ。エリアス様にそこまでして頂くわけにはいきません。エリアス様をお迎えに上がるのは私の使命なのです!」

「そ、そうですか…」

「でも…そうですね。殿方は対面を気にするものだと聞きますし…もしエリアス様が嫌だとおっしゃるなら、次からはやめますわ…そうね、エリアス様に迎えに来て頂いて馬車の中で『俺に迎えに来させるなんて、なんて傲慢な雌豚だ。お仕置きが必要だな』とお仕置きされるのも素敵…! エリアス様、次からはぜひ…」

「今まで通り迎えに来て頂きたい。心の底から、あなたに迎えに来て貰いたいと願います」


 すっとシーラに近づき、その手を握って真っ直ぐにシーラを見つめてエリアスは言った。

 よほどお仕置きが嫌なようだ。

 一方のシーラは突然のエリアスの接近に顔を赤らめた。

 いつもならここで「エリアス様のお願いなら叶えないわけにはいきませんね…ちょっと残念ですけれど」などと言ってうっとりとした顔をするはずなのに、シーラは物の見事に固まっていた。

 いつもエリアスに避けられているシーラは突然エリアスに接近されて、思考が止まってしまったようだ。それはごく普通の令嬢のような反応で、エリアスが戸惑ったように「シーラ嬢?」と声をかけた。


「どうかしましたか?」

「あ、ああああああの……わ、私……」


 いつもの饒舌に喋るシーラとは思えない台詞にエリアスが困惑していると、シーラの瞳が潤み始めた。

 それを見てエリアスはぎょっとする。


「シ、シーラ嬢…!? な、なにか俺、気分を害すようなことをしてしまいましたか…?」


 エリアスが慌ててシーラから距離を置くと、シーラは顔を両手で覆った。

 本格的に泣かしてしまったか、とエリアスは更に慌てて、助けを求めるようにウリカとフーゴを見るが、二人は揃って違う方向を向いており、助けてはくれないようだ。

 どうしようとエリアスが途方に暮れていると「……………まう……」とシーラが小さく呟く。

 エリアスが聞き返すとシーラは両手を顔から退かし、エリアスを見る。

 泣いていたせいか頬を少し赤く染め、瞳を潤ませてエリアスを見つめたシーラに、エリアスは不覚にもどきっとしてしまう。

 シーラは黙っていれば儚げな美少女なのである。そんな美少女に、頬を赤くして潤んだ瞳で見つめられれば──中身はどうであれ──男ならば、誰でもどきっとするだろう。


「う、嬉しすぎて死んでしまうわ…ああ、なぜ私は手袋をしているのかしら…エリアス様に直接触れられた手袋が憎い…でもこの手袋は宝物にして決して洗わないわ…!」

「…………」


 今日はエリアス様から手を握ってくださった記念日だわ、と呟くいつも通りのシーラの様子にドン引きしながらもどこか安心するという矛盾を感じながら、エリアスは「手袋は洗ってください…」と弱々しく呟いた。

 そんな二人を、ウリカとフーゴがにやにやしながら見ていることに気づきながらも、それに文句を言う気力はエリアスにはなかった。



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