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「もう、素直じゃないんだから」
星はとても嬉しそうな口調で魚に言う。
『喜んでいる場合じゃないよ。これって実は結構まずいんだよね』
「まずいってどういうこと? あの魔女、(確かにすごい魔力だったけど)あなたでも勝てないくらい強い魔女なの?」
星はそっと森の木の影にいる白い服を着た魔女に視線を向けた。
『単純に勝負に勝つだけなら、……なんとかなると思う。(魔力はほぼ互角。でも、こちらは星の魔力を貸してもらえる分、勝率は七、八割ってとこかな?)でも問題はそういうことじゃない。『僕の存在が魔女にばれた』ってことさ』
……ああ、なるほど。そういうことか、と星は心の中で一人、納得した。
(その魚の言葉を肯定するように魔女は、突如夜の中に現れた緑色に光る空を泳ぐ魚の姿を見て、とても驚いた表情をしていた)
星の視界の先にいる白い服を着た魔女は、魚の姿を目撃して、なにかとても奇妙な行動をとり始めた。ずっと隠れるようにしていた森の木の影から、自らその体を出して、そして……、まるで空中にあるなにかをつかむような仕草で、(眩しく輝く太陽に手を伸ばす子供たちのように)その手を魚のいる空間のほうに向けて一生懸命に伸ばしている。
その手と体は、かすかに震えている。(それは寒いからではない)
そのとき、(それは運命なのか、それともこの不思議な森のいたずらなのか、それとも白い服を着た魔女の無意識の願いだったのか)とても強い冬の北風が、澄くんの家の周囲を吹き抜けた。
その風が、魔女の顔と表情を隠していたい雨に濡れた黒い前髪を激しく動かした。そのことで窓際からずっと魚と魔女の対峙を見守っていた星は、その魔女の『本当の顔』をしっかりと目撃することができた。
その魔女の顔を見て、星は唖然としてしまった。(窓枠を掴む手にぎゅっと、とても強い力が入る)
そこには、……山田海がいた。
魔女の(本当の)顔は、星がずっと探していた、いなくなった山田海の顔だった。
海は夜の中で、一人ぼっちで泣いていた。




