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 星はそのまま澄くんの机をあとにして、再び大きなテーブルの周りを歩き始めた。

「海のこと、青猫のこと、それから別行動していたときのこと、それに森や白い月のこと、……いろんなことを澄くんに聞かないといけないわね」

『もし、澄が君に嘘をついたらどうするの? それを確かめるすべは今のところ僕たちにはないよ」

 澄くんの机の隣の壁には二つ目の大きな窓があった。窓は部屋の左右に一つずつ、系二つ設置されている。

 そこには反対側の窓を覗き込んだときと同じように、もう一人の本田星が写り込んでいる。

 窓の外は雨。森。そして暗い夜。

 視点をずらすと見えてくるものは、果てしない暗黒だけだった。


 闇の中で人はその形を失い、精神と魂だけの存在になる。その闇に、その精神と魂までも取り込まれて仕舞えば、やがて人はその形の記憶までも見失って、人ではない違う形を持ったなにかに、闇の中で生まれ変わる。

 それは魚の言葉だった。(本の中にも書いてある言葉だ)

 魚がまだ人間だったころに、星は人間の魚に会ってみたかったな、とその闇を見ながら思った。


「どうして澄くんが私に嘘をつくの?」

 星は魚にそう聞いた。

『別に澄が、とか、君に、とかは関係ないよ。そういうことじゃなくて、僕が君に言いたいのは人は嘘をつく生き物なんだってことさ。人はつねに魚が水の中で呼吸をするみたいに嘘をついていかないとだめなんだ。そうしないと息ができなくて、やがて窒息してしまう生き物なんだよ。それは善とか悪とか、そういうことじゃなくて、そういう風に人は生まれてくるものなんだってことなんだよ』魚は言う。

「……悲しいことを言うのね」本当に悲しい。……それがあなたの世界の中の真実なの?

 星はその指先で窓に触れる、……窓は(冬の冷気によって冷やされていて)とても冷たい。


『それが真実だからね』

 魚はとても冷静な声でそう言った。

 星はなにも言葉をしゃべらない。ただ窓の向こう側に見える闇だけをじっと見ていた。(そして闇も、星のことをそこからじっと見返していた)

 星の視点のピントが窓に写っているもう一人の自分自身に移動した。そこに写っているもう一人の星はなんだか今にも泣き出しそうな(お母さんとはぐれてしまった迷子の小さな子供みたいな)顔をしていた。

 星は窓から離れて(椅子に座って)今度こそきちんと澄くんを待とうかと考える。

 しかしそのとき、窓の外の風景の中に、暗い夜の森の木々の片隅から、なにか不思議なものがこちらをじっと覗き込んでいるのを(それは比喩とか錯覚とかではなく)星の目が確かに捉えた。


 第三幕 終演

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