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「そ、そんなわけないでしょ!! なんで私が緊張しなくちゃいけないのよ! ……あのね、こう見えても私、名門女学院において二年生でありながら、生徒会長にだって推薦されたりするくらい生徒や先生からの信頼も厚かったりするのよ! 学院行事だって実際は私が取り仕切ってるんだから! それに学院だけじゃなくて、実家の代表代理として社交界とかにもよく顔を出しているのよ! 大きなパーティーにだって小さいころから何度も参加しているわ! その私が、なんで澄くんの家に招かれたくらいで緊張しなくちゃいけないのよ! どう考えてもおかしいでしょ!?」赤ら顔のまま、星は言う。
『ちょっと、君、声が大きい。澄に聞こえちゃうよ?』
「あっ!!」
星は急いで両手で自分の口を塞ぎ、澄くんの消えていったドアのほうを見つめる。しばらくそうして様子を伺ったが、誰かがこちらに向かって移動してくる足音や物音は聞こえてこなかった。
「はぁ~っ」とため息をついて星は胸を撫で下ろす。
そんな星を見て、魚はいつものようにはぁー、と(星と同じように)軽いため息をついた。
『……わかった。君は緊張なんてしていない。それでいいね?』
「もちろんそうよ。わかってくれれば、それでいいのよ」
口ではそう言っているが星は確かに緊張していた。それも並の緊張ではない。(今も星の心臓はどきどきしている)どうしてこんなに自分が緊張しているのか星は自分でもよく理由がわからないし、気持ちの整理もまったくできていない。それどころか、星は自分が緊張していることをこうして魚に指摘されるまで自身ではまったく気がついていなかった。だから、あんなにも取り乱してしまったのだ。(……恥ずかしい)
『でも、自分でも驚くくらいに疲労はしている』魚は冷たい声で言った。
星の動きや表情の変化が、その言葉とともにぴたっと止まる。
その問いかけに星はなにも答えない。(星はとても真面目な顔をしている)
『少し熱もあるんじゃないかな? 雨の中を歩いて、風邪を引いたのかもしれない。ずっと歩きっぱなしで、足だって、本当はもう一歩だって前に動かしたくない。……どうかな? そろそろ、限界なんじゃないかな?』なぜか少し笑いをこらえたような声で魚は言った。
「あら? 魚、なにを言っているのかしら?」とすました顔で自分の自慢の長い黒髪を後ろにかき分けながら、星は魚に言う。
「私、全然疲れてなんていませんけど?」そう言いながら、星は椅子から立ち上がって、その場で大きく背伸びをした。そして、にっこりと(姿の見えない)魚に向かって笑いかけたあとで、澄くんの部屋の中をゆっくりとした足取りで星は歩き始めた。