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「ほら、もう休憩は終わり。早く教室に戻ろ」
海が星の手を引っ張った。その力はとても弱く、振り払おうとすれば簡単にできたけど、……星はそれをしなかった。(前にそうしたら、海がすごく寂しそうな顔をしたからだ)
このころの(中等部時代のことだ)星はこんな風に海に手を引っ張ってもらってばかりいた。そうしないと星は自分一人の力と意思だけでは一歩も前に進むことができなくなっていたからだ。
星は自身の成長の過程において、その精神と肉体が(自分一人の力では前に進むことができないという名前の人生において誰でも一度はかかるであろう病にかかってしまっていた)とても不安定な状態に陥っていた時期だった。そのことを星の親友である海はちゃんと(知っていたし)理解していた。
二人はそのまま教室の中に戻った。
冷たい冬の風の吹く暗いベランダから暖かくて明るい教室の中に戻ると、そこでは二人のクラスメートのご友人たちがみんな一生懸命になって聖夜祭に向けての準備を進めていた。
パンフレットを書いたり、看板を作ったり、衣装を縫ったり、小道具を作ったり、当日のスケジュールを話し合っていたり、台本を読み合わせていたりして、とにかくとても忙しそうだったけど、なぜかみんな(いつもはそういう作業を嫌がるのに)とても楽しそうな顔で笑っていた。
星の隣にいる海だって笑っている。この教室の中で笑っていないのは星一人だけだった。
そんな光景を眺めながら星がぼんやりとしていると、海は星の制服の裾を引っ張って、星を教室の隅っこまで連れていった。
そこには大きな木の形をした木製の板があった。その隣の床には緑色のペンキが置いてある。
「これが私たちの仕事なの?」
星は海にそう聞いた。
「そうだよ。ほら、ぼーっとしてないで、早く、早く」
海は床に座り込み、星はその隣に座った。すると海はすぐに星にペンキを塗るためのコロコロ(ペイントローラーのこと)を渡してくれた。それから海はもう一つの自分用のコロコロを手に持って、二人は一緒に木の形をした板に緑色のペンキを塗り始める。
やり始めるまではあまりやる気は出なかったのだけど、(不思議なことに)仕事を始めるとその作業に星はすぐに熱中することができた。(その作業は、それなりに楽しかった)
時間はすぐに経過して、二人は木の形をした板に緑色のペンキを塗り終えた。
だけど木の形をした板はそれ一枚だけではない。まだ何枚も同じ木の形をした板が教室の壁に立てかけてあった。(そのことに作業の途中で気がついて、星は少し気が滅入った)二人は次の木の板に緑色の色を塗る作業に移る前に、(海の勧めで)また少し休憩をした。