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そういえば、澄くんはどうやってランプに火を灯したのだろう? 暗がりとはいえ澄くんの姿がまったく見えないわけではない。(星はとても視力がいい。それに生まれつき、星はどちらかというと夜目のきくほうだった)
澄くんが部屋の隅っこのほうで、なにかを手に取ったのは星にもなんとなく見えたが、火を起こすようなアクションを澄くんがしたようには見えなかった。(焚き火のときのように、マッチも擦っていない)
……もしかしたら澄くんは魔法でランプに火を灯したのかもしれない。(実際には銀色のオイルライターを使って、澄くんはランプに火を灯したようだ。それも魚があとで星に教えてくれた)そんなことを星は思った。
そうじゃないのは、なんとなくわかってはいるのだけど、でもそうだったら嬉しい。
私だって澄くんに内緒で魚と『魔女の契約』をしているのだから、澄くんも私に内緒で魔法が使えても不思議じゃない。(星は魚という自分の知っている世界の外側の存在と出会ってから、魂や生まれ変わり、もしくは魔法(そして運命、……そう運命だ)という概念を以前のように完全に否定できなくなっていた)
星は自分の気持ちを落ち着かせるために、そんな余計なことばかりを考えている。
星は澄くんの部屋の様子を(入り口のところに立ったまま)ゆっくりと観察する。
部屋の真ん中に大きなテーブルが一つ。奥に一回り小さなテーブルが一つ。周囲の壁には窓が二つと大きな棚が一つ、小さな棚が一つある。とくに窓際に置いてある小さな棚の上には深緑色の丈夫そうな布でできた大きなリュックサックが置いてあり、そのリュックサックには金属で作られた大きめの銀色のカンテラ(きっと夜の森を歩くために使用するのだろう)と同じく銀色の水筒が丈夫な紐のようなもので繋がれていた。
その隣の壁には銀色の大きなシャベルとスコップがフックで引っ掛けられていて、太い縄が二つ、その下の床に蛇のようにとぐろを巻いて置かれていた。その横の壁にはとても硬そうな金属で作られたツルハシとハンマーが二つ並んで立てかけられている。
部屋の奥の床の上には木製の四角い箱が二つ、縦に重ねて置いてあった。(その上の箱が置いてある場所が、澄くんがごそごそとランプを探していた辺りだ。きっとその箱はいろんな道具を入れてある歩の道具箱なのだろう)
大きな棚と小さなテーブルの上にはいろんな道具や小物(いくつか例をあげると、古風な地球儀とか、木彫りの象の置物とか、題名の書かれていない本やノート、コーヒーカップを利用したペンのたくさん入った筆記用具入れとか、中世のころの世界地図とか、青色の珍しい砂が詰まっている小さな砂時計とか、星の腕時計とは違い、きちんと動いている丸い形をした東洋風の置き時計など)が置かれている。
反面、大きなテーブルの上にはペルシャ風のテーブルクロスが菱形の形になるように引いてあるだけで、あとはなにも置かれていない。そこはおそらく食事をするスペースなのだと星は推測する。
外と同じで部屋の中もとても綺麗。隅々まで掃除がしてあるようだし、物はきちんとしまわれて……、はいないが、放置しているというわけではなく、それぞれがそれぞれの居場所にちゃんといて、大人しくしているという、清潔感のある気持ちの好い印象を受ける。
暗い窓の外から、小さな雨の音が聞こえる。
「いい部屋だね」
星は言う。
それは星の素直な感想だった。