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室内はどうやら土足のままでいいようで、ドアを開けた先には靴を脱ぐスペースはなかった。ドアは大きな部屋に直結していて、その奥にもう一つドアがある。
明かりのない室内は暗く、ざーーー、と言う雨の音が何故かとてもよく響いて星の耳に聞こえてきた。雨は降り始めたころに比べると、もう小雨と呼べるくらいに、その力を弱くしていた。
だけど、その音はまるでラジオのボリュームをあげたときのように、小屋の外にいるときよりも、とても大きく聞こえた。
その雨の音の大きさの変化とシンクロするように星の心臓の鼓動の音も強くなる。
星は男の人の家に(部屋に)招待されて、そのままその人の領域の中に、一人で、なんの用意も警戒心もないままに入ることは、……生まれて初めての経験だった。
(まあ、魚が一緒にいることはいるんだけど……)
「ちょっと待ってね」
そう言って一、人で部屋の奥に移動して行った澄くんが暗がりでなにかごそごそと動いている。なんだろう? と星が入り口のところにぼんやりと立ったまま様子を見ていると、急に部屋の中にオレンジ色のぼんやりとした淡い明かりが灯った。(星はびっくりする)
星のほうを振り返った澄くんは、その手に古い(でもとても繊細な細工のなされた)アンティークショップにでも置いてあるような、おしゃれな造形をした銀色のランプを持っていた。
「……それがこの家の照明なの?」
驚いた感情をまだ心の中に残したまま星が澄くんに聞く。
「そうだよ」と澄くんは言う。
澄くんはそう言いながら天井から伸びている細い鎖のようなものにその古い銀色のランプをぶら下げた。するとその途端、部屋の中が不思議なくらいに明るくなった。
星はとても驚いた。
それはまるで魔法のようだったからだ。(実際には、澄くんが手元でランプの明かりを大きくする操作をしたかららしい。あとで魚がこっそり教えてくれた)