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室内では(また雨の中では)それを完全には感じることができないのだ。
「僕は雨が好きなんだ」
海は星と一緒で雨が嫌いだった。(似ているだけで、当たり前だけど海と澄くんは同じではないのだ)理由は青空が見えないことと、家の中に閉じ込められてしまうこと。(海はお嬢さまたちが通う学院の中でも、人一倍おしとやかな性格をしていそうな、とても綺麗な顔をしていたけど、その中身は学院の中で一番、おてんばだった)雨の日はいつも海はつまらなそうな顔で星の隣の席から(星の席は窓際の席)窓の外を眺めていた
海はいつも一年中、空ばかりを見ていた。(だからきっと、星も空が好きになった。青空に憧れるようになったのだ)
海は教室の中で雨が止むのを待っていたのか、それとも、雨とは違う、なにか全然別のものを(海がいなくなってから、星はそう思うようになった)そこからいつも、ぼんやりと眺めていたのか……。
それは結局、わからないままだけど、とにかく星はいつも教室の自分の席から(せっかくの窓際の席なのに)そんな海の横顔ばかりを眺めていた。星の視線に気がつくと、海は星のほうを向いて、にっこりと優しく笑ってくれた。
「理由は?」星は言う。
「いろんなものを洗い流してくれるような気がするから、……かな?」
その答えに星はちょっとだけ驚いた。澄くんにしては思ったよりも深い言葉だ。もっとこう単純に、雨が気持ちいいから、とか言うと思っていたのに……。
星はそっと目を開けた。
澄くんの顔は黒いフードに隠れてよく見えなかった。
星はその澄くんの頭にかぶっている黒いぶかぶかのパーカーのフードを触った。それはフードをとって欲しいという合図だった。
でも、澄くんはその星の合図には気がつかずに、なんだろう? といった顔をして星を見ただけだった。
「澄くんは普段、雨が降るとどうしてるの? もしかして、これで雨をしのいでいるの?」
これ、とはもちろんフードのことだ。
「うん。そうだよ」と澄くんは答える。
「でも、それだけじゃなくて、基本はその辺りにある大きな木の陰でじっとしている。雨を見ながら、雨が止むのをよく待っている」
星は緑色の葉を茂らせる大きな木の下で雨宿りをしながら、空から降る雨をぼんやりと眺めている澄くんの姿を想像した。黒いぶかぶかのパーカーとズボン。それにフードまでかぶって真っ黒になった澄くんは、まるで不思議そうな瞳で雨を見ている黒い毛並みの子犬のようだと星は思った。