75 森の中には古びた門があった。この門をくぐって仕舞えばもう二度とこの森の中から出られないかもしれない。……なぜか、そんな気がした。
森の中には古びた門があった。
この門をくぐって仕舞えばもう二度とこの森の中から出られないかもしれない。
……なぜか、そんな気がした。
「家の近くに目印になるとても大きな木があるから、迷わなくて便利なんだ」澄くんは言う。
星は澄くんと歩調を合わせるようにして少し早足で歩く。澄くんは優しいけど、こういう他人に対する細かい気遣いは苦手なようで、自分の歩調を星に合わせるようなことはしてくれない。澄くんは背が高くて私よりも大きいけど、(星は常に少し斜め上を見上げるようにして澄くんを見ている)……中身はずっと子供なのだ。(そういうところも海ににている)
星は周囲の風景に少し目を向ける。
外は相変わらずの大雨。
でも、降り出したころのようなすごい勢いは段々となくなっている。(夜の森に降る強い雨とは、そういう雨なのだろうか? よくわからない。星は雨についてそれほど詳しくない)
自分の横を見るとそこには澄くんがいる。澄くんは片手でタオルに包まれた青猫を抱き、もう片方の手で、先ほどまで星がさしていた傘を「傘、僕がさすよ」と言って、片手で受け取ってさしている。
……それはまあ、別に構わないのだけど、(ちょっと嬉しいくらいだ)問題は澄くんの抱いている青猫だ。
青猫は怪我と疲労で眠っており、星が心配になる程、さっきからぴくりとも動かない。それでも、星は青猫に触るどころかこうして青猫がとても自分に近いところにいることにも抵抗を感じていた。
しかし、逃げることもできず(外は雨だ)それに心情的には星はもう青猫のことが嫌いではない。(むしろ、どちらかというとお友達になりたい)色々と複雑なのだ。
なので星はずっと黙っている魚に注意を向けた。なぜそこに注意を向けたかというと、魚が今、星の周辺で一番ニュートラル(可もなく不可もない)な存在だったからだ。
『海のことはいいの?』と魚が言う。
別に星は海のことを忘れているわけではない。(あまり前だ)
ただ、タイミングというものを図っているだけなのだ、と星は思う。でも星は自分がこうして(どこかのタイミングを逃してしまうと)誰かに一番言いたいことや、聞きたいことを結局言えないまま、聞けないままになってしまうということを知っていた。
だから慎重に、海のことを澄くんに聞くタイミングを星は図っていたのだ。(それはきっと澄くんの家についてからのことになるだろう)