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星は読んでいた本をそっと閉じた。
森を見つける前も、森に入ったあとも定期的に本を読み返して記述を確認していた星だったが、青猫が星と澄くんの元から逃げ出してからは、(それどころではなくて)その確認作業を怠っていたので、久しぶりに本を読み返してたくさんの記述が増えていたことにびっくりした。
どれくらい記述が増えていたかというと本全体の三分の二くらいは真っ白だったページがなにかしらの文字や絵で埋まっていたくらいだ。
記述が増えるペースが早くなった理由はわからない。まったくの謎だった。(あまりの絵図や記述の増えかたに星はその記述のすべてをまだ読み終わっていない)
森に足を踏み入れた直後は、それほどページの更新が早くないので(魚は本は森につけばすぐに全部埋まると星に説明していた)魚に文句を言ったりしていた星だったが、これならすぐに本を埋めることができそうだ。
星の目的である海に会うということは、今のところ前途多難だが(澄くんは一人だった。もしかしたら青猫の逃げ出した先に海がいるかもしれないと澄くんは言っていたけど、おそらく海とは会えなかったのだろう)
魚の目的である本の真っ白なページを文字や絵図で埋めるということは、これならすぐに達成することができるはずだ。それが確認できて星はとりあえずほっとする。
『……まあ、実際には、そんなに簡単にはいかないんだけどね』
ほっとしている星に魚はそんな忠告をした。
「どうして? ようやく魚の言った通り、森に入ったことで本の埋まるペースが早くなったんでしょ? ちょっとは嬉しそうにしなさいよ?」
そう魚を茶化す星はとてもご機嫌だった。(星はふんふーんと笑顔で鼻歌のようなものまで歌っている)魚は一度ため息をついてから会話を続ける。
『君の機嫌がいいのは理解できるよ。それは別に構わない。恋愛は自由だからね。キスくらい、いくらでもすればいいよ』
「まあ魚。覗いていたなんてずるいわ。私、恥ずかしい」
星はわざとらしく両手を自分の両頬に当てながら体をくねらせて恥ずかしがる。その副作用で星の長くて美しい艶やかな黒髪が空中を箒のように(もしくは生き物の尻尾のように)舞っていた。
魚はそんな星を見て呆れている。
星自身、なぜ自分が澄くんにキスをしたのかよくわからない。そのよくわからないのにキスをしたというのが大切なんだと思う。……澄くんは優しいし、顔もかっこいい。(性格もいい。ちょっとだけ頼りないけど……)初めてのキスの相手としては間違いなく合格点だろう。