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涙は空中を漂うように私から離れていく。
なにも聞こえない。ここは音のない世界なんだ。
ゆっくりと、私の体が上昇していく。
どのくらい高いところに私はいるんだろう?
もしかしたらここはもう宇宙なのかもしれない。
青色の空を抜けて真っ暗な宇宙に飛び出していく。飛び出してしまったらもうここには戻れない。
それは『孤独』?
それとも『自由』?
孤独を恐れないで。
孤独を恐れたら『空は飛べない』よ。
『飛行機乗りの少年』はそう言って私に空の飛びかたを教えてくれた。空に憧れて空を目指した少年の思い出。
少年の目は今もきっと空を見ている。
少年の見ている景色を、私も見てみたかった。
本当にただそれだけだったんだ。
だから私は空を飛ぼうと考えたんだ。
少年と一緒に空を飛びたかった。
それは私が憧れた人の話。
少年の名前はなんて言ったっけ?
名前が思い出せない。
どうしてだろう?
なんで私は少年の名前を忘れてしまったのだろう?
こんなに大事なことをどうして私は思い出すことができないのだろう?
私は瞳を閉じる。
それは孤独になるためじゃない。
自由になるための行為だ。
少年の声が私の内側に響き始める。
音のない世界に音が生まれる。
懐かしい思い出。
遥か昔のような、遥か未来のような、そんな不思議な時間の挟まれた現在のようなお話。
「名前?」
「はい。名前です」
「教えてもらっても、いいですか?」
「僕の名前は『 』だけど」
「 」
「うん。『 』って言うんだ」
少年の名前が聞こえない。それは私が忘れてしまったから。(こんな風に私はいろんな大切な思い出をいつか、きっと全部忘れていってしまうんだ)
私の中から『少年』が消えてしまったからだ。
「私の名前は海と言います」
「うみ?」
「はい」
少年はにっこりと微笑んだ。
「うみさん、か……。うん。とても素敵な名前だね」
少年の笑顔が私の瞳の中に入ってくる。
私の心を幸せで満たしてくれる。
いつも私はここで夢から覚める。
夢から覚めた私はなにも覚えていない。それがわかっているから、私はいつも泣いているのだ。
目を覚ますと部屋の中は真っ暗だった。……今度は早く起きすぎたみたいだ。(もう少し、幸せな夢を見ていたかった)
見ていた夢を絶対に忘れたくない。
その思いは残っている。
でも海の見ていた淡い夢は、やっぱり彼女の目覚めとともに消えてしまった。……海の目から一粒の涙が溢れた。
……、休憩終わり。よし。頑張ろう。(ちょっとだけ泣きながら)