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『楽しんでるとこ悪いんだけどさ、澄にいろいろと言うこととか、(これからのことについて)頼むことがあるでしょ?』
「あ、そうだ、澄くん、私、あなたに言わなきゃいけないことがあるの」魚の忠告を聞いて星が言う。
「僕に?」
星は座りかたを正して、なるべく平らな場所を選んで、青色の夜の河原の石の上に正座をする。
そして澄くんに向けてゆっくりと頭を下げた。
「ごめんなさい。私、澄くんの忠告を無視して、勝手に動き回ってしまいました」
澄くんと再会したら、まずは澄くんに謝ろう、そう心に決めていたことを星は実行した。
「別に謝らなくてもいいよ。さっきもそう言ったでしょ?」
すぐに優しい澄くんの声が聞こえてくる。
星はその声に甘えるように、素直に頭を上げて澄くんの顔をじっと眺めた。
「森は危険な場所なんだ。しかもあのときは青猫が勝手に走り出してしまった。森の中には正しい行動なんてものは初めから存在しない。だから正しい判断なんて誰にもできない。僕はあのとき、僕が最善だと思う行動をとった。そして星はその僕の行動が最善ではないと判断して、自分の考える最善の行動を選択したんでしょ?」
「それは」
その通りだけど……。
「ならそれでいいんだよ。星が決めたことならそれでいいんだ。森の中では誰も自分を助けてくれない。自分でなんとかするしかないんだ。それが森のルールだからね。だから星は『正しい』んだよ。謝る必要なんてないんだ」
星は思わず泣きそうになった。
「そうかな?」
「そうだよ」
澄くんは立ち上がり、正座をしている星に、先ほどのように手を差し伸べてくれる。その手を星は当たり前のように掴み、その場に立ち上がった。
門のときと合わせて、これで澄くんに手を引いてもらったのは三度目だった。
澄くんは森の中では誰も助けてくれないと言っているが、澄くんは星を助けてくれていた。(それに森の中には正しい行動はないと言うのに、星の行動を正しいと言ってくれる)
それは、なぜなの? と星が澄くんに問いかければ、きっと澄くんは『それが僕の(森の門番としての)仕事だからね』と答えるだろう。
それが予想できたので星はそのことを澄くんに聞くことを止めて、代わりに澄くんの頬にキスをした。
その行動は澄くんには予想できていなかったようで、(実は星自身にも予想できてはいなかった)澄くんは顔を真っ赤にした。
そんな澄くんの顔を見て、星はにっこりと(とても嬉しそうに)笑った。
そのキスは星の生まれて初めてのキスだった。