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「うん、これは折れてるね」
「え? いや、その澄くん、そんなに触っちゃ青猫、かわいそうだよ。すっごく痛そうな声で鳴いてるじゃない」
しかし澄くんは青猫の後ろ右足を触るのをやめない。星ははらはらした表情でそんな澄くんのことを見ていたが、当の澄くんは真剣そのものといった顔をしていた。(それは森の門番をしていたときの、つまり星と澄くんが初めて出会ったときに一瞬だけしていた、今となっては珍しいと思う、真面目な澄くんの顔と同じ顔だった)
青猫が何度か鳴き声を上げたあと、ようやく澄くんは青猫の後ろ右足から手を離した。それを見て、星はほっと胸を撫で下ろす。
「これはすぐ手当てしないといけないね」
「私、薬箱持ってるの! ガーゼや包帯もあるのよ!」
待ってました、と言わんばかりに星はそう言ってボストンバックの持ち手を掴んで自分の近くに引き寄せると、勢いよくチャックを開いて、急いで中から持ち運べるタイプの(旅行用のような)小さめの薬箱を取り出した。
「ほら! ね?」
「本当だ。これならすぐに手当てができるね」優しい声で澄くんは星にそう言った。
「うん」
澄くんは薬箱の中身を確かめる。星は顔を澄くんに近づけて、澄くんと一緒になったつもりで、その作業を見守った。
「消毒薬もあるんだ」
「役に立つと思ったの!」
それは嘘だった。星は家にあった薬箱をそのまま自分のボストンバックの中に入れただけだった。包帯とガーゼは別個で入れたが、薬箱の中身は確認していない。(つまり適当に選んだだけなのだ)
「偉い?」
星は澄くんに褒めてもらいたかった。だから嘘をついたのだ。
「うん。偉いね」
「へへ」
星はにやける。できれば頭を撫でて欲しいところだが、澄くんはそこまではしてくれなかった。少し残念だけど、まあ、それは二人はまだ出会ったばかりだし当然かもしれない、とそんなことを星は思った。
どこか遠くのほうで魚のため息が聞こえた気がしたが、星はそれをあえて聞こえなかったことにした。