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「魚、どっち?」
『少し右』星の声に魚は答える。
星は魚の言葉通りに少しだけ右にコースを変える。それと同時に前方の薄い闇の中をもう一度確認する。しかし、星の視界に青猫の姿は映らない。
「青猫は今、どれくらい先を走ってる?」
『十メートルくらい先を蛇行しながら走ってる。今が夜じゃなければ、君にも確認できるくらい近い距離だよ』
星の予想よりもだいぶ近い。それだけ青猫は無理をして走っているということだろう。
『もう少し先で、今度は左に大きく曲がって』
「了解」
魚の言葉通り、少し距離を走ったところで星はコースを大きく左にそらした。そのとき星は河原の小石に右足を取られて危なく転びそうになってしまう。やはり、河原は全力で走るのには向いていない。
それでも星は片手を地面の上について態勢を立て直し、まったくペースを落とさないままカーブを曲がり切り、そのままの勢いで走り続けた。
地面の上についたほうの手を星は軽く空中で振って汚れを落とした。
そのときに鈍い痛みを感じて確認すると、星の右の手のひらにはまた新しい擦り傷ができていた。そこにはじんわりと染み出すように赤い血がにじんでいる。星は少し顔をしかめる。それから星は再び前方を確認する。青猫の姿はまだ見えない。
『次は大きく右に曲がって』
「わかった」
魚にそう答えてから、星は自分の走っているコースを確認するために視線を足元に落とした。すると星の走っているコースの左側には常に小川があった。小川はこの先で右の方向に大きく曲がっている。青猫の走っているコースと同じだ。
どうやら青猫は、なぜだかはわからないけど、小川の流れにそうようにして河原の上を走り続けているようだ。今のところ青猫は小川を渡ろうとしない。
どうしてだろう? そういえばさっき青猫は小川の手前にある岩の上でじっとしていた。足を怪我していたということもあるけれど、もしかしたら青猫はもともと水が苦手なのかもしれない。