415
誰かに狙われている。……あとをつけられているような気がする。
薺の鼓動は早くなった。
……それから薺は少し早足で雨の夜の中を歩き始めた。
すると、その背後の気配も、薺の早足に合わせて、その移動の速度をあげた。……薺は、ごくん、と自分の唾を飲み込んだ。
周囲に人はいない。
誰にも助けを求めることはできない。
薺はどきどきとする心臓の鼓動をなるべく抑えながら、自分に冷静になるように言い聞かせていた。その間、ずっと早足で動いている薺の足は、微かに小さく震え続けていた。
闇は一層深くなった。
強い雨の降る夜の空は月も星も出ていない。……ざーっという強い雨の音は、薺の声や気配も、かき消してしまうかもしれない。
背後の気配はだんだんと薺の背中に近づいてきた。
薺は、とても強い恐怖を感じた。
こんなに誰かに対して恐怖を感じたのは、……あの、いじめられていた小学校五年生のとき、以来のことだった。
そのとき、感じた恐怖と孤独を、高校生になった薺はもうすっかりと克服していたと思っていた。でも、それは薺の、ずっと深いところに眠り続けていただけのようだった。
薺は今、あのときに感じた恐怖と孤独を、……当時の記憶のままにありありと現実に思い出した。
薺は自分がずいぶんと強くなったと思っていた。(そうなろうと思って努力をしたし、そうなれたと思っていた)
でも、強くなったはずの薺の足は、手は、……体が、あのときと同じように、暗い夜の雨の中でずっと、ずっと震え続けてた。
薺はその恐怖に抵抗することも、声を出して反論することも、……悲鳴をあげることも、そして、この場所から逃げ出すこともできなかった。
私はあのころのままなんだ。
みんなが怖くて震えていた、小学五年生のときのままなんだ。……ずっと。
私は強くなんてこれっぽっちも、なっていなかったんだ。
それが薺にはすごくよく理解できた。闇の中で自分は無力だった。ただの一人の泣いている、震えている子供に過ぎなかった。
それが、すごく悔しかった。