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『そろそろ出発しようか?』魚が言う。
「ええ。そうね。すぐに出発しましょう」星は言う。
星はそう言って暗い森から反対の方向を振り返って、青色の星空に照らし出されている河原と小川のある風景を見つめた。それはとても美しい風景だったけど、そこには澄くんの姿も、そしていなくなった海の姿もなかった。
星はもう一度暗い森のほうを振り返った。そこにはもう黒い魚はいなかった。星はまた森の中で一人になった。
『そうだね。行こう。この場所にはあまり長居はしたくないからね』星の頭の中で魚が言った。
自分の無茶でずっと歩いてきた森の中の獣道を離れてしまった星は、いつものようにボストンバックから黒い本を取り出して、それで自分の進むべき道を確認しようとした。しかし、本には河原と小川の地図は載っていなかった。なので星は本当に森の中で迷子になってしまった。
「魚。これってどういうこと?」星は言う。
『うーん。難しいところだけど、たぶん、澄の言葉を借りれば、『森のルールを破ったペナルティ』ってところだよ。君のほうこそ、あんな無茶をしてなんの罰も受けないと思ったの?』魚は言う。
魚の言葉を聞いて星はため息をついた。
星はとりあえず青色の星空の下、河原を小川まで歩いて移動してみることにした。まずはとにかく澄くんと合流しなければならない。澄くんはどこに行ってしまったんだろう? この辺りにいないとなると、小川を渡って向こう側にまで行ってしまったのだろうか?
『前から思ってたんだけどさ。君って意外と体力あるよね』
元気に歩き続ける星に魚が言う。
「あれ? 言ってなかったっけ? 私、学院ではずっと陸上部だったし、趣味がランニングなのよ」そう言いながら星は斜め上を見上げた。そこには白い月がある。星はすぐに視線を前方に戻す。
『そういえば、そんなこと言ってたね。走るのって楽しいの?』
「まあ、人によるとは思うけど、私は楽しいよ。もしかしたら走っているときが人生で一番楽しいかもしれないくらいよ」
『へー、そういうもんなんだね』
魚はなにか納得したような、していないような曖昧な返事をする。
「魚は、走ったりしないの?」
『しないね。汗を掻くことは苦手なんだ』
「ふーん。まあ、そうかもね。なにかあなた、ちょっと病弱な感じだものね」魚は返事をしない。その沈黙はその通りであると魚が認めたようなものだった。