40
『君はすでに闇に魅力を感じているね』魚が言う。
「魅力? そんなことないわ。森の中はとっても怖かったもの」星は言う。
『じゃあ、少しの間、僕のいる暗闇を見つめてみなよ』
星は魚の言う通りに暗闇をじっと見つめてみた。そこにはとても恐ろしかった暗い森がある。でも、どうしてだろう?
そうやってしばらくの間、暗闇の中を見つめているうちに、星は自分が先ほど真っ暗闇の森の中を歩いていたときとは違う、とても不思議な感情をその暗闇に対して抱いていることに気がついた。
それは『安心感』だった。
星の心はなぜか安心感に満たされている。奇妙な表現だけど、星は森の中にある暗闇の深淵の中に心の安らげる場所を発見したような気がした。
『その感性と感覚はとても見事だし、関心もするけど、今はやめたほうがいい。あまりにもタイミングが悪い』
そんな星の思考に魚の言葉がブレーキをかけた。
「どういうこと?」
『闇を好きになってはいけないということさ。闇を好きになってしまうと君は後悔することになる。もしかしたら君は、本当に僕と同じ魚の姿になってしまうかもしれないよ?』
魚はとても怖いことを言う。
不安になった星は一応、見えない自分の手足や顔に触って自分の形を確かめてみた。すると、星の体はちゃんと人の形をしていたので、星はほっとして安堵のため息をついた。
『そう、それでいいんだよ。いくら都市を離れて森の中にやってきたとはいえ、君はれっきとした『人間』なんだ。だから自分が『人である』ということを忘れてはだめだよ』
「もう、わかってるわよ!」
星は先ほどまでよりも、あえて大きく口を動かしてそう言った。どうやら星はそうやって言葉を話して口を実際に動かすことにより、言葉を喋ることのできる人間と本来であれば言葉を話すことのできない魚の境界を定めることにしたようだ。