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『この暗闇は僕のための隠り世なんだ』
「かくりよ?」
『そう。隠り世。それは人によっていろんな姿形を取る異様な世界なんだけど、僕にとってはそれが『暗い海の底』だったってことだよ』そう言って魚は笑う。
「……あなたはこの世の人ではないの?」星が言う。
『それはとても難しい質問だね。でも世の中の常識に照らし合わせて答えるのなら、それは『イエス』という答えになるね』
星は魚のいる暗闇を見つめる。
そこは、あたり一面真っ暗だった。緑の森も焦げ茶色の土も、草も石も空気さえも、なにもかもが暗い闇に閉ざされてしまっている。その闇の中に魚がいる。その闇の中につい先ほどまで星もいたのだ。そのことを思い出して星の体は少し震える。
「なにが言いたいの?」星は言う。
『忠告だよ』
「忠告?」
『そう。ただのおせっかいさ。でも君は僕みたいにはなりたくないでしょ? なら今後はさっきみたいな無茶はやめることだ。それが君自身のためでもあるんだよ』
星は返事をしない。
『風が止んでいるね』
魚がそう言った。確かに風は止んでいる。森はいつの間にか穏やかさを取り戻している。