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「文お兄ちゃん。おめでとう」と電話越しに咲子が言った。
「どうもありがとう」文は言う。
今年の冬に文は初めての個展を開くことになっていた。
小さい規模の個展だったけどもちろん嬉しかった。
「絶対に見に行くからね。楽しみにしてる」
嬉しそうな声で咲子は言う。
「咲子に会うのも久しぶりだからね。僕も楽しみだよ」と文は言った。
文は咲子と少しの間、世間話をしたあとで、電話を切る前に「咲子。結婚おめでとう」と言った。
夏に二十歳になった咲子は「ありがとう。文お兄ちゃん」と大人になった声で文に言って電話を切った。
「美波。海に着いたよ」
助手席で眠っている美波に文は言った。
ゆっくりと目を覚ました美波は文を見てその唇を動かして、おはようと言った。
「うん。おはよう」
車の外に出ると、世界は本当に寒かった。
でも、星はとても綺麗だった。
満天の星空。
夜空には星が、これでもかってくらいに満ちている。
二人はコートを着て、歩いて夜の海の浜辺まで移動する。
綺麗。
と美波は文の手のひらに指をで書いてそう言った。
「うん。本当に綺麗だ」
と文は言った。
暗い海からは小さく波の音が聞こえる。
私、夢を見ていた。
「夢?」
うん。夢。文さんと出会ったときの夢。
「二人で星を見たときのこと?」
うん。星を見たときのこと。
文の手のひらに文字を書く美波の指には星のように光る指輪がある。
「美波。愛している」
星を見ながら文は言う。
私も愛してる。ずっと。文さんのこと。
と美波は文の手のひらに文字を書いてそう言った。
夜の浜辺には二人の歩いてきた足跡が残っている。
あなたの声を聞かせて。 終わり