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「文お兄ちゃん。なんで絵を描きながら泣いてるの? 気持ち悪い」
そんな咲子の声が聞こえた。
慌てて声のほうを見るとそこには咲子と今ではすっかり白波の家の常連となった美波が二人して顔だけを出して、襖の間から文のことをじっと面白い動物でも見ているような顔をして見つめていた。
文が怒った顔をすると、二人はこそこそと襖の後ろから出てきて文の部屋の中にくる。
「いつから見てたの?」
美波の差し出してくれた真っ白なハンカチで涙を拭きながら文は言った。
ほんの少し前から。
と美波はスケッチブックに書いて言った。
「あ、散歩の時間だ」と時計を見て、咲子は言った。
散歩行きたい。
と咲子を見て美波は言った。
「じゃあみんなで行こう」と嬉しそうな顔をして咲子が言った。
それからみんなでタローの散歩に行くことになった。
散歩に行く前に、絵の描かれているキャンパスを見て、美波は動きを止めた。
咲子はもうタローのところに行っていて部屋の中にはいない。
文は美波の隣に立った。
あの星だ。
と唇を動かしてその動きと形だけで、文を見ながら(目を丸くした)美波は言った。