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星は肩に担いでいたボストンバックを地面の上に勢いよく下ろすとバックを開けて、その中から急いで小さなペンライトみたいなサイズの懐中電灯を取り出した。
『なにをするつもりなの?』
「なにって決まってるでしょ? 海を助けに行くのよ。そのために私はこの森にやってきたんだからね」
星は懐中電灯のスイッチをつけたり消したりして、きちんと明かりが灯ることを確かめる。時折、星の周囲を冷たい風が吹き抜けた。その風に髪の毛がゆれてすごく鬱陶しい。
先ほどよりもその風は冷たく感じる。夜がいつの間にかとても深くなったような気がする。星は近くにある大きな木の陰に移動する。
頭上の大きな枝葉やその巨木が星を風や闇や孤独から守ってくれているが、それも限界があった。夜はどんどん暗くなる。風はその勢いを増していく。空も大地も、星の周囲のすべてが真っ暗な色で塗りつぶされていく。
風が強く吹いてきた。星の全身に凍りつくような冬の風が吹き付ける。
今なら澄くんの言っていた森が閉ざされる、という言葉の意味が理解できるような気がした。
確かに今、森は閉ざされようとしている。体がとても冷たい。夜が暗い。身動きなんて全然取れない。今私の周囲を包んでいる闇は、私の知ってる都会で見る闇とは違う、全然別の『なにか』だった。
『いいかい、よく聞いて。今君はここを動くべきじゃない。いや、動いてはいけないんだ』
「それは違うよ。今、私はここを動かなくちゃいけない。それが私のやるべきことなんだ」
星は魚の言葉に耳を貸さない。星は背中を大木の幹に預けてその場にしゃがみ込むと、少しの間、目を閉じて気持ちを落ち着かせる。