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 輪廻は、林檎に断って、窓を少しだけ開けた。すると気持ちのいい夜の風が、輪廻の部屋の中に吹き込んできた。

 輪廻は、自分の部屋に吹き込んでくる夜の風が大好きだった。それも、今日みたいに綺麗な星と、明るい月の見える夜に吹く風が、本当に大好きだった。

 輪廻はソファーに戻った。

 もう、二人のカップの中にはコーヒーは入っていない。


「……私ね、一度だけ見たことがあるんだ」林檎が言った。

「なにを?」輪廻が言う。

「……事故。人が、ホームの中に飛び込む瞬間のところ」

 林檎はその顔を輪廻には見せないように、どこか違う空間を見ながらそう言った。

「そうなんだ」輪廻は言う。

「学校の帰り道の途中だったの。それで、その日はすっごく気持ちが悪くなって、ずっと駅のホームにあるトイレとか、家に帰ってからも、家の中にあるトイレの中で、もう出るものがなにもなくなったあとも、ずっと吐いていた」

 林檎は言った。

「私も、あるよ。一度だけ」

 輪廻は言った。

 すると、その輪廻の言葉を聞いて「本当?」と言って、林檎は輪廻にその顔を久しぶりに見せてくれた。

「本当」輪廻は言った。

 それから輪廻は自分の事故を目撃したときの話を林檎にした。


 高いビルから飛び降りた、……女子高生の話。その子は輪廻と同い年くらいに見えた)

 それはやっぱり偶然にも、輪廻も学校からの帰り道でのことだった。その途中で、ビルの上から、女子高生が一人、地球の重力に引かれて、輪廻の近くに落っこちてきた。

 学校の帰り道の途中だった輪廻はすっごくびっくりした。

 それで、なにもできないまま、その場にぼんやりと一人で立っていると、すぐにその近くに大勢の人たちの人溜まりができた。

 それからみんな、その事故現場の写真を携帯やスマートフォンで撮ったり、動画でなにかのサイトにその様子をアップしたり、あるいは事故の中継のようなことをする人も中には数人いるようだった。

 輪廻はそんな人たちの様子を見て、それから、もう一度、ビルの上から落っこちてきた女子高生に目を向けた。

 コンクリートの地面の上は真っ赤な色に染まっている。

 それから輪廻は空を見た。

 自分と同い年くらいの女子高生が落っこちてきた空を見上げた。……それは曇り空だった。その空から、ぽつぽつと冷たい雨が降ってきた。

 その雨を手で受け止めた輪廻は、きっとこの雨はこの女子高生の、(きっとずっと流すことのできなかった)涙だ、と思った。

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