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「澄くんは森の中で一人で暮らしているの?」
星は澄くんに質問した。プライベートなことにはあまり触れないようにしようと思っていたのだけど、好奇心に負けて質問してしまった。それに先に私生活について質問してきたのは澄くんだ。だから別にいいかなと星は思った。
「そうだよ。もうずっと一人で暮らしてる」
こんな深い森の中で一人で暮らす。それはどんな気持ちなんだろう? たとえば夜は怖くないのだろうか? なんで澄くんはそんな生活を選んだんだろう? 言葉にならない質問が星の頭に浮かんでは消えていく。
「私と海が来る前は、本当にこの森には澄くんしか人はいなかったの?」
「うん。そうだよ。僕だけしかいなかった」
「寂しくないの?」
「寂しくないよ。一人でいるのは慣れているんだ」
そうなんだ。澄くんは一人でも寂しくないんだ。すごいな。
星は周囲の森を見る。暗くて深い不気味な森だ。でも、もし今が冬ではなく春だったとしたらどうだろう? 今が夜ではなくて、昼だったとしたら、どうだろう? 空に大きな白い月ではなくて太陽があって、空が青色だったら、森に日の光がたくさん差し込んでいたら、この風景はどう見えるのだろう?
案外、とても魅力的な世界に見えるのではないだろうか?
「澄くんは、この森が好きなの?」星は澄くんに聞いてみる。
「うん、好きだよ。この場所に来れたことに僕は本当に感謝してるんだ。星はまだ来たばかりだからわからないかもしれないけど、ここはすごく素敵な場所なんだよ。自由だし、競争もないし、敵もいない。外の世界に比べれば、楽園みたいなところなんだ」
澄くんは時折、青猫の額や背中を軽く撫でたりしながら星と会話をしている。青猫は疲れたのか、今は澄くんの肩の上で瞳を閉じでじっとしていた。その尻尾だけが、たまに動いて星を怖がらせている。
動かなければ、可愛いのにな。澄くんの話を聞きながら、星はそんなことを考えていた。
「星、僕の話聞いてる?」
星は青猫から澄くんの顔に視線を向けた。
「き、聞いてる、聞いてる。森はとても素敵な場所なんだって話だよね」星は取り繕うように不自然な笑顔をしながら澄くんに答えた。
「もう。質問してきたのは星でしょ?」
「ご、ごめんなさい」
星は澄くんに謝った。話を聞いていなかったわけではないのだ。でも、どうしても視界が青猫に向いてしまうだけなのだ。澄くんは先ほど『森に敵はいない』という話をしていたが、星にとって猫は天敵と呼べる存在だった。
「も、森の門番って楽しいの?」
星は強引に会話を進めた。でも、適当にこの質問をしたわけではなく、この質問は星が澄くんに聞いてみたいとずっと考えていた質問の一つだった。だからこそとっさにこの質問が頭の中に浮かんだのだ。