表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

240/447

252

 それから少しして、鳥かごの中の鳥が一度鳴いた。

 すると、だんだんと海の幻影の姿が薄くなっていった。お別れの時間がきた、ということのようだ。

 お別れはすごく悲しいけど、もう一度こうして、海の背中を見ることができて、星はすごく嬉しかった。

 星は一度、涙を拭うために器用に右手を移動させて、自分の目をこすった。 

 やがて半透明になった海は右手をあげて遠くの空間を指差した。

 その海の指の先には、小さく光る明かりがあった。夜に輝く星の光のような小さな光。その光を海は指差していた。

「あそこに行けばいいの?」星は言う。

 すると海の幻影はこくんと小さく頷いた。それから海の姿は急激に揺らいでいった。

「海! ありがとう!」星は言った。

 その言葉とほとんど同時に海の幻影は星の前から消えた。

 白い光も消えてしまって、海のあとにはその空間にはなにも存在していなかった。星の目に見えるものは遠くに光る小さな星の光だけだった。

 暗闇の中で一人ぼっちになった星は一度、その場に立ち止まって、鳥かごを抱きしめながらわんわんと泣いた。

 絶対に足は止めないつもりだったけど、一度泣かないと、涙を空っぽにしないと走り続けることはできそうにもなかった。

 星は泣いて、泣いて、……それからまた鳥かごを抱えて一人ぼっちで、小さな光に向かって走り出した。

 すると、……星、と星を呼ぶかすかな海の声が遠くから聞こえた気がした。

「……海。どこかにいるの?」星は言う。

 でも、声はもう聞こえてはこなかった。

 それから鳥かごの中の鳥が一度だけ小さく鳴いた。海の声はあの小さな光の方角から聞こえてきたような気がした。

 ……もしかして、海は私のことを待っていてくれるの? 海は私を今も探してくれているの? ……私はもう一度、海に会うことができるの?

 半信半疑だったけど、海の声が聞こえたことで、急に星は元気が出てきた。

 海。……待ってて。今、すぐにそっちに行くからね!

 星は走るペースをあげた。

 暗闇の中にはあ、はあ、という星の息を吐く音だけが聞こえてくる。

 星は走る。

 海の元に向かって。

 やがて星は小さな光にたどり着く。

 それは確かに出口だった。

 海。

 星はなんの迷いもなく、その光の中に飛び込んでいく。

 星は空に向かって、手を伸ばす。

 そんな星の手を、誰かの手が、確かにしっかりと捕まえた。


 第十三章(延長戦) 終演

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ