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「す、澄くん。しっかり抑えといてよ」
「大丈夫だよ。ちゃんと捕まえているからさ」
そうは言っても青猫の体はすでに半分くらい澄くんの腕の中から抜け出している。青猫は助けを求めるような瞳で星の顔を見つめていた。星は猫が嫌いなのに、なぜか猫によく懐かれるのだ。それが幼いころからの星の悩みの一つだった。恐ろしい猫からいつも星を守ってくれた海も今は星のそばにいない。
星は青猫から視線をそらして澄くんを見つめた。澄くんは星を安心させるように笑うと、優しい声で星に話しかけた。
「ねえ星。星は普段どんなところで暮らしているの?」
「私? 別に大したところじゃないよ。普通のお屋敷だもの」
「お屋敷?」
「そう、お屋敷」
星は平然と答えているが、澄くんは驚いたように目を丸くしていた。
「星って、もしかしてお嬢様なの?」
「あら、今頃気づいたの?」
星はわざとらしく艶やかな黒髪を片手で優雅にかきあげる。
「すごいや。お嬢様って普段どんな暮らしをしているの?」
澄くんは星の私生活に興味津々のようだ。もちろん星は悪い気はしない。
「別に普通よ。ただ……」
「ただ……、なに?」
……ただ少しだけ、冷たいだけ。なにもかもが、冷えているだけ。それでいて、外面だけはいいんだよ。暖かいふりをしなくちゃいけないんだ。お家の中が冷たいことが、外の人にばれちゃいけないの。そういう振りをしなくちゃいけないんだ。
つまんないね。
「星、なに黙ってるのさ。もったいぶらずに教えてよ」
「ふふ、やっぱりやめた。秘密にする」
星は笑顔で澄くんにそう言った。
「えー、そんなー。どうして急に秘密になっちゃうの? お屋敷の暮らし聞きたいよ」
澄くんは駄々をこねるが、星はそんな澄くんのことを無視して先に歩いて行ってしまった。
「あ、待ってよ、星」
澄くんはそんな星の背中を急いで追いかけていく。
追いついた澄くんに星が視線を向けると、澄くんの手の中にいる青猫がそこから抜け出しそうになっていた。その様子を見て星は慌てる。澄くんは何事もなかったかのように星の隣に移動する。
「あ、澄くん、猫、青猫!」星は言う。
「大丈夫だよ、星。ほら」
そう言って澄くんは自分の両手を大きく開いて自由にさせた。青猫は自由になった。すると青猫はすぐに移動を開始した。さっきまで澄くんの腕の中にいた青猫はもうそこにはいなかった。ではどこに行ったのかというと、青猫は澄くんの肩の上にいた。そこからじっと星の顔を凝視している。
「ちょっと、澄くん。ちゃんと捕まえておいてって言ったじゃない!」
星は澄くんに文句を言うが澄くんは気にしない。
「大丈夫だよ。こいつは星のことを引っかいたりかじったりしないからさ」
青猫は珍しく澄くんの肩の上で大人しくしていた。確かにさっきみたいに星に飛びかかってくる様子は感じられない。
しかしだからと言って怖いものは怖いのだ。
『いい機会だから、この際、猫嫌いを克服しちゃえばいいんじゃない?』
魚が星にそんなことを提案する。
いや、無理だから、と星は頭の中で魚の提案を即座に拒否した。その声は魚には届いていないが、星の引きつった顔を見れば、それが無理なことは魚にも十分伝わっていた。