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「海。起きて」
星はそう言って海を起こそうとする。でも、海はちっとも起きる気配を見せなかった。
最初はちょっとだけ、起きてくれない海に腹が経った星だったが、よく観察すると、その海の眠りは普通の眠りではないことがわかった。
海は確かにここにいる。でも、海はこの場所にはいないのだ。
ここにあるのは海の肉体だけで、海の心はどこか違うところに行ってしまっているようだった。
「なんだ。海はここにはいないのか。……残念」と星は言う。
しかし海の肉体がこの場所にあることは確かなのだ。
ここで待っていれば、海の心もやがてこの場所に帰ってくるかもしれない。だから星はここで海の帰りを待つことにした。
それに海の綺麗な寝顔を見ることを、久しぶりで嬉しかった。
だけどそんな星の願いはすぐに世界に否定されることになった。
ぐらぐらっと、地面が小さく揺れた。
最初は地震かと思った。
星は眠っている海の体をかばうようにして、周囲の様子を観察する。
でも、その間に揺れているのは星の周辺だけの世界であることに気がついた。大きな木の葉や草花は揺れていない。星とその周辺だけになにか力場のような力が働いているのだ。
そのことに気がついて、星はすぐに海の体から離れた。
するとその瞬間、再び世界に変化が訪れた。
星の立っている地面の真下に、ぽっかりとした人が一人落ちることができるくらいの大きな暗い穴が突然出現したのだ。
「え?」と星が言ったときには遅かった。
星は一人、そのぽっかりと空いた穴の中に、真っ逆さまに落っこちて行った。




