229 幕間 聖夜祭 キスをしたら、魔法が解ける。それって、世界の常識ですよね?
幕間
聖夜祭
キスをしたら、魔法が解ける。それって、世界の常識ですよね?
聖夜祭の日、星は海に連れ出されて学院の校舎の中をひっそりとあとにした。時刻は夜。クラスの出し物である演劇も終わり、二人は生徒たちで賑わう聖夜祭のパーティーに出席していた。
そのパーティーの席で、星は海に手を引かれて、明るい校舎の中から暗い夜の学院の中庭に移動したのだ。
街灯の明かりがぽつぽつと灯る中庭にはそんな(星と海のような)聖夜祭のパーティーを抜け出した生徒たちが何組かいた。
二人はそのまま、中庭にある大きな噴水の前まで移動する。
「そろそろ花火が上がる時間だね」
星を見て、海が言った。
「うん。そうだね」と星は答える。
学院ではこの聖夜祭のために冬の夜空に大きな花火を何発も打ち上げるのだ。その花火を見るために、校舎から抜け出す生徒たちは多い。(それは本来であれば、規則で禁止されている)
「ねえ、星。こんな格好しているし、せっかくだからダンスでも踊ろうか?」海が言った。
こんな格好とは、聖夜祭の出し物である演劇で使用した中世の貴婦人がきているようなパーティー衣装を、二人は今も(クラスの人たちも全員が、そのほうが面白いから)制服に着替えをしたりせずに、着たままだったことを言っているのだ。
「恥ずかしいから、遠慮しておく」星は言った。
「だめ」
でも、だめだった。
海は強引に星の手をとると、噴水の前の広場で、(暗いけど、街灯の明かりがあるので、真っ暗というわけではない)ゆっくりと星と一緒にダンスを踊り始めた。
周囲にいる何組かの生徒たちからの視線を感じる。
でも、海は全然平気そうだった。
だから仕方なく、星も海と一緒にダンスを踊ることにした。
踊り始めると、ダンスはとても楽しかった。
「星、私たち学院を卒業しても、ずっと、ずっと友達だよね」
ダンスを踊りながら、海は言った。
「もちろん。私たちはずっと友達だよ」
星は即答する。
すると海はなんだか嬉しそうににっこりと笑った。
その答えに満足したのか、海は踊ることをやめた。星も同じように足を止めて踊ることをやめる。
そのとき、夜空に綺麗な花火が上がった。
騒めきのような歓声が、周囲から小さく上がった。
二人は花火の上がる夜空を見上げた。
それから何発も何発も、夜空に綺麗な花火が上がった。
「綺麗だね」と海は言った。
「うん。すごく綺麗」と星は言った。
学院最後の年の聖夜祭の思い出。
海と見た花火の色。
花火の音。
私はそれらを一生、忘れることはないだろう。
たとえこれから何年も時が経過して、私が一人の大人の女性になって、世界のどこかで今とはまったく違う生活を送っていたとしても、(あるいはそのとき、私の近くに海がいない環境だったとしても)私はきっとこの日の風景と一緒に、あの綺麗な花火の色と一緒に、海のことを思い出すのだ。
二人はそれから無言になった。
二人は無言で、夜空に咲く花火をじっと見ていた。
二人はダンスのときからずっと、お互いの手をつないだままだった。
この思い出が、本田星が最後に思い出していた風景だった。
この思い出が、山田海が一人で森の中を歩いていたときに、思い出していた風景だった。
幕間 終わり




