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周囲の環境がまた少しだけ変化して、森の中の道がとてもなだらかな平らな大地に変わった。
すごく走りやすい。まるで誰かが私たちの勝負の決着をつけるために、あらかじめこの場所を用意してくれていたみたいだ。
自分の周囲に広がる光景を見て、勝負を決めるには絶好の場所だと星は思った。
走りやすいという条件は同じだが、海と星との差は広がらない。むしろどんどんと縮まっていく。星の速度は、海よりも速い。
……海まで、あと二メートル。
星はさらに加速をかける。
海はもう後ろを振り返らない。
美しい完璧な(星には完璧に見える)フォームを若干崩しながら、全力で道の上を走り続けている。
……海まで、あと一メートル。
いつもなら、その背中に星の手は絶対に届かない。
でも、今日は届く。
その確信が星にはあった。
星は海の背中に手を伸ばす。その手が、海の肩に、あるいは海の大きく前後に揺れ動いている手に届きそうになる。
いける! 星は思った。
でも、その瞬間、がくん! と星の全身に衝撃が走る。
……え? あ、あれ? と星は思う。
星は少しだけ混乱する。
自分の体に今、なにが起こっているのか、自分でもよく理解できなかった。でも、一度理解してしまうとそれはとても明確だった。
それはつまり(一言で言ってしまうと)星の体に限界がきたのだ。
この瞬間、本田星の体は限界を迎えた。
星の心は絶好調であり、まだ走りたいと、海のところに行きたいと言っている。でも、星の体はそうはいかない。
星の体は、星の心に抵抗している。抗議の声を大声を出してあげていた。
……星は、その抗議の声を全力で無視した。
星の顔には覚悟の表情が浮かんでいる。
いつもならこんなとき、星を抑えるブレーキ役を務めるはずの魚もずっと沈黙していた。
星の伸ばした手が、……海の肩にあと少しで触れそうになる。




