196 第十幕 ……位置について、よーい、どん!
第十幕
開演 ……位置について、よーい、どん!
そこに立っていたのは、間違いなく海だった。
「海!!」
星は大きな声を出した。
それからゆっくりと星は海の元に向かって歩き出して、やがてそれは早歩きから駆け足に変わろうとしていた。
「海!」
そんな星の姿を見て、海の心と体は震えていた。
海は金縛りにあったようにその場から動けなくなっていた。でも、自分の元に向かってくる星の行動を見て、海ははっとして、数秒後にその心と体の自由を取り戻した。
……どうして? どうしてここに星がいるの? ……私たちのつながりは、確かに(ついさっき、完全に)切れたはずなのに……。
海はそのことを疑問に思った。こんな場所に星がいるはずないと思った。でも実際に星はいる。星は雪の積もった大地の上を海の元に向かって一生懸命になって、走って移動しようとしていた。
よく見ると、星の後ろには一人の少年がいた。
海の知らない、見知らぬ少年だ。その少年がきっと森の中での移動など、いろいろな星の手助けをしているのだろう。(きっと海にとっての渚のように)
少年は嬉しそうな顔で、星に置いて行かれないようにして、頑張って雪の上を走って、星のあとを追いかけていた。
二人と海(と渚)の間の距離はだいたい三十メートルといったことろだった。
「……お迎えがきちゃったみたいだね」
海の隣で、海と同じ風景を見ていた渚が(少し寂しそうな声で)言った。海は渚に返事をかえさなかった。
「いろいろと、巻き込んじゃってごめんね」と渚は海を見て、言った。
「ううん。そんなことない。私、渚に会えて本当に嬉しかったよ」と海は渚を顔を見て、にっこりと笑いながらそう言った。
すると渚は顔を赤くしながら、(本当に)嬉しそうにして、はにかむように微笑んだ。
星たちとの距離は二十メートル。(思いの外、星たちは雪に苦戦しているようだ。地の利は海にある。海は雪の降る森の中で、何度かランニングをしたことがあった)
「じゃあ、ちょっと行ってくれるね」
「うん。わかった」
海はその場でくるりと体の向きを変えると(星と澄くんが見えるのとは反対の方向だ)その場にしゃがみこんでクラウチングスタートの姿勢をとった。
「え?」
その海の姿を見て、星が言う。
海はその声を無視してお尻をあげると、心の中で、……よーい、どん! と合図をして、そのまま全速力で真っ白な大地の上を素晴らしいスタートとフォームで駆け出していった。
「え? え?」
星は戸惑う。
その走りは、自分を追ってこの深い森の奥までやってきた本田星から逃げるための、(久しぶりの真剣な、全速力の)海の走りだった。




