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自分でも不思議だった。なんで私は今もまだ人を信じることができるんだろう? ずっと一緒にいた海のことだって、私はなにもわかっていなかったというのに……。
『後悔してるんだね、海のこと』
「うん」星は素直にそれを認めた。
「私、なんにもわかってなかった。海のこと、わかったつもりになってただけだったんだ」
『ねえ、星』珍しく、魚が星のことを名前で呼んだ。
「なに? 魚」
『答えたくないなら、答えなくてもいいんだけどさ、もし聞けるなら聞いておきたいことがあるんだ』
「どんなこと?」
『君は海に会ってどうするつもりなの?』
「どうって、一番最初に言った通りよ。海を森の外に連れて帰るの」星は空を見ている。そこには白い月がある。
『僕が聞きたいのはそこじゃない。それよりもっと前の話さ』
「前ってなによ? どういう意味?」
『君は海に会ったら一番初めになんて彼女に声をかけるつもりなの?』星は返事をしない。いつもと立場が逆である。しかし魚と違って星には逃げ場がない。星は闇の中に隠れることも、魚のいない場所に逃げ出すこともできない。
本田星には逃げ場所がないのだ。彼女に聖域はない。彼女の逃げ場所であった山田海は、もう星のそばにはいないのだから。