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「おはよう。目、覚めたんだね」
澄くんの声。……なんだか久しぶりに聞いた気がする。
「おはよう」
星は澄くんに返事を返す。
澄くんは片手に小さな丸い金属製の桶を持っていた。そこにはどうやら氷水が入っているようで、澄くんが動くとからからと小さな音がなった。桶には白いタオルが一枚かけられている。
澄くんは星の腰掛けているベットの横に移動して、その金属製の桶をサイドテーブルの上にそっと置いた。
星はそんな澄くんの行動をずっと目で追っている。
それから澄くんは木の椅子には座らずに、そっと腰をかがめるようにして、星と視線を合わせた。どうやらそこにある木の椅子は、本来の目的ではなく、今は星の山吹色のダッフルコートと真っ白なマフラーを置くための専用の場所になっているようだ。
「気分はどう?」
澄くんが星に聞く。
「すごくいい」
星は答える。それは嘘ではない。
「そっか。よかった。でも、まだ勝手に動いたり、それからまた、さっきみたいにいきなり走り出したりしちゃだめだよ」と優しく微笑んで澄くんは言った。
「……うん。わかった」と星は(珍しく素直に)答える。
そう言ってから、星はにっこりと笑った。
澄くんは同じように、にっこりと星に笑い返すと、それからゆっくりと自分の右手を動かして、星の額に自分の手のひらをぴたっと当てた。
星はそれを黙って受け入れる。
星はそっと目を閉じる。
ぱちぱちと暖炉の火が弾ける音が聞こえる。
その音を聞いて、優しい時間だ、と星は思った。




