吉野に魅せられて 5-1
❶
奈良県吉野郡吉野町吉野山の古刹の御堂の、本堂前近くの広場の松の木の植え込みで若い女が死んでいた。
発見したのは前日から遥か富山県から巡礼に来ていた山伏の稲生康孝であった。
亡くなっていたその女は吉野警察署の所見では持ち物が一切無く、見かけとして二十二歳ほどの水商売風の女で、背丈は百五十センチほどの小柄で、しかも四十キログラムほどであり、綺麗な顔立ちで目がパッチリとしていて色白で一口に言えば美人と言える感じであった。
吉野警察署は今の所、身元は一切判っておらず、身元始め足取りを鋭意調べているようである。
後日司法解剖され女は吉野警察署の見解は、死因は首を絞められていて窒息による絞殺と診断され、爪などに残る犯人の皮膚などの様なものは一切なく、相当の力で瞬時に息を封じられた事が判る事と成った。
ただ猿轡をされていた痕跡があり、何者かに殺害されるまで拘束されていたようであった。
四十キロの小柄の女の首に手を回し息を詰める事など、案外力の無い者でも出来る事も考えられたが、とりあえず力のある男の線で捜査が始まった。
古刹前で死体発見の事件があってから五日が経った時、名古屋の熱田警察署から吉野山で死んでいた女に関する照会の電話が吉野警察署に掛かって来て、それで二日前に家族から捜索願いが出ている猪倉亜紀と言う女性ではないかと言う事であった。
家族の話では猪倉亜紀は奈良の歴史に相当興味を持っていて、それが吉野とか明日香村とかに関心が在った様で、それで連休を利用して一人で奈良を訪問したと言う事であった。
恋人で婚約者の田所光樹は知り合った時から、亜紀のする一人旅を反対していた様であったが、猪倉亜紀は断固としてこの時も奈良吉野行きを決めたようであった。
帰宅予定が三日前で、亜紀は今までいい加減な事を言った事もした事も一度も無い性格であったので、家族にしてみれば心配に成って警察に相談して捜索願いを出していた。
そして年恰好が似ていたので、吉野警察署が発表した見解を耳にした熱田警察署の刑事が吉野警察署に問い合わせをしたが、只着ている服装などは猪倉亜紀の家族が口にする物とは可成り違っていて、疑心案儀であったが、それでも時期的にはあまりにも引っ掛かる事があり、猪倉亜紀の家族が熱田警察署の刑事吉村吉也と共に吉野警察署を訪れたのは翌日の午後であった。
吉野病院の遺体安置所で家族が見たその女性は正しく猪倉亜紀である事を確認し判る事となった。
猪倉亜紀満二十六歳、婚約中で相手は大学病院で産婦人科の研修医田所光樹二十八歳と言う男であった。
亜紀の年齢が思いのほか若く見えたのは、顔立ちが幼顔で、しかも色白で目鼻立ちもよく人形のようで、その歳に見えたのは刑事の希望も含んでいたのかも知れない。更に全裸にして存分に見つめた解剖医の見解もあったのかも知れない。
それほどまでに幼かった事も確かで第一発見者の稲生康孝も同じように言って居たのであった。
「二十二才前後の女性」と。
猪倉亜紀が何故遥か遠い他所の歴史に興味を持ったのかは、その切っ掛けに成った事は持統天皇のある万葉集の一句であった。
春過ぎて夏来るらし白たえの衣干したり雨の香具山・・・・そして本居宣長の、父母の昔思えば袖ぬれぬ水分山に雨はふらねど・・・
大学時代にそれらの句に出逢う事に成り、今までに何度も近畿日本鉄道にお世話に成って奈良県へ通った経緯があった。
だから今回も婚約者の反対もさる事ながら、彼女自身も窮屈な予算で無理をしている事に、後ろめたいものを感じながら奈良行きを決行したのであった。
亜紀が勤める会社は名古屋市の栄にありアパレル関係の会社であった。
そこでは販売主任と成っていててきぱきと仕事をこなす辣腕店員でもあったが、ところが仕事から離れた途端、まるで考古学者のようないでたちで、パンフレットを片手に奈良の飛鳥時代や南本北朝時代に深く関わろうとしていたのであった。
それは婚約者の田所光樹にすると結構不満で、時には相当疑問に思う事もあって、思案の為所でもあったが、そんな事などお構い無しに亜紀はマイペースで思い通りの人生を歩んでいた。
❷
そして帰らぬ姿に吉野の地でなり、家族は信じられない姿に成った現実を認めなければ成らなく成った訳である。
亜紀の遺体は司法解剖の後荼毘に付され両親の手で名古屋へ戻ったが、呆然として婚約者の田所光樹が亜紀を迎える事となった。
来春には亜紀と結婚を交わす事も決まっていて、それも亜紀の希望で桜の満開な吉野の神社で行う事も決めていたのであった。それは親族だけで執り行い披露宴は名古屋でする事も決めていた。
そんな夢のある二人に襲い掛かって来た不幸は、残された婚約者の田所光樹にすれば、人生が狂い始めた様な思いにされていた事は言うまでもない。その落ち込み様はただならぬもので、亜紀の両親から見ても悲し過ぎて手の付けようのない状態であった。
田所光樹は仕事にも手が付かなくなるほどの毎日を繰り返していて、家族が精神科へ行く事を進めるほど安定感の欠ける毎日と成っていた。
亜紀の両親更に亜紀の妹瑠璃も大層そんな婚約者田所光樹を見続けていて心を痛めていたのであった。
婚約を解消する事も無く、田所光樹は病院で泣き崩れる毎日を過ごす事と成ったが、亜紀の家族には打つ手が無く静観する事だけで精一杯の心遣いであった。
吉野警察署は猪倉亜紀殺人事件捜査本部を設置し刑事南本源治を頭に走りまわす事となった。
南本源治は捜査部長でありながら現場主義者で誰よりも自ら足を運ぶ熱血刑事であった。
ところが前任の奈良県警橿原警察署で居る時窃盗犯人と格闘を繰り返していて、脇腹を刺され刃渡り十五セントのドスだったので大きな痛手と成り、一命を取り止めた事は止めたが現役を退く事さえ考えた事が半年前にあった。
それで大して事件の無い吉野警察署へ緊急で配置転換して、言わば療養にと上司が心ある配慮をしたのであった。
確かに橿原署に比べれば吉野警察署は同じ警察であっても田舎だから犯罪などあまり起こらない事も確かで、南本源治は時々疼く脇腹を抱えて勤務に励んでいたのであった。
ところがおそらく吉野警察署の歴史を紐解いてもほとんど今まで無かった殺人事件が起こったのである。
南本源治の血が騒ぎ始めた事は言うまでもない。現場を駆けずり回る姿は誰もが知っている。それは彼が吉野へ赴任する前から噂として知っていたので、誰もが知れた存在と思い込んでいたが、いざ南本が来て良く見れば怪我を負った老兵にも他の連中には見えたのであった。それは事件が起こる前の事で、思いがけない事件が起こり誰もが目を大きく開かされる事と成った。
❸
「初動捜査を誤るんじゃないぞ!」
南本捜査部長の大きな声でこの日の朝が始まった。
同じくして名古屋熱田警察署は亡くなっていた猪倉亜紀が熱田署管内の住人であった事から合同捜査本部を開く事と成り、吉野警察署と連携で捜査が始まろうとしていた。
熱田警察署の刑事吉村吉也と小村憲親が猪倉亜紀の自宅へ足を運んでいた。
「ご主人、それに奥様、この度はお気の毒な事に成りお察し致します。これからの人生と言うのに、まして婚約されて居た事も危惧しております。婚約者の方もショックで寝込まれたとか・・・
一日も早く憎き犯人を挙げることが、皆さんの無念を出来るだけ早く晴らして差し上げるのがせめてもの供養かと考えます。色々お聞きしなければ成りませんが、時にはお気を悪くされる事もあるかも知れません。しかし一日でも早く事件が解決する事を願って頂いてご勘弁下さい。それでは宜しいでしょうか?」
「ええ、私たちで判る範囲の事はお答え致します亜紀の為に」
「それで亜紀さんが着ていた服が可笑しいと吉野まで行かれた時に言って居たようですが、それは何故でしょうか?」
「待って下さい。妹が自分の部屋で居ますので、妹が一番お姉ちゃんの事を知っていますから呼びます。」
「はい、お願い致します。」
「妹の瑠璃です。」
「貴女が亜紀さんの服に疑問を抱いたのですね?吉野まで行かれた時に」
「そうです。姉の格好が可笑しかったので気に成りました。それは姉と私は何時も同じ様に姉の勤める店へ行き被らない様に買っていましたので、あの様な服を着ていた事は考えられなかったからです。」
「どうしてですか?」
「ええ、私が持っている服に似ていたからです。それは暗黙の内に約束していて姉があの様な服を着る事はルール違反だったからです。」
「でも実際は着ていた訳ですから、若しかして貴女の洋服をお貸ししたとかあげたとかそんな事は在りませんか?」
「いえ、無いと思います。でもあの服の様な柄は私もどちらかと言えば似合わないですので、折角買った事は買いましたが余り着る機会が無く、それで誰かにあげたと思います。それも一年も前に。だからどうして姉があんな服を着ていたのか判りません。おそらく姉の意志で着たとは私は思わないのです。」
「お姉さんではなく誰かにあげたのですね?・・・そうですか?では他には何か思い当たる事は無いでしょうか?」
「在ります。でもこんな事言って良いのか父とも母とも相談してからに致します。勿論姉の為にも」
「それは何でしょうか?と今お聞き出来ないのですね。」
「ええ」
「瑠璃、父さんも母さんも亜紀を殺した犯人が一日でも早く捕まる事を願っているから、だから亜紀が死んでしまった訳だから、刑事さんに言って置かなければならないと思う事なら言いなさい。父さんたちは覚悟は出来ているから。」
「そうですよ、瑠璃、母さん何があっても覚悟をしていますから。田所さんだって今寝込まれて苦しんで居られるから、亜紀を殺した犯人を一日でも早く捕まえて戴かないと、あの人も辛いと思うから、言わなければ成らない事は刑事さんに」
「分かりました。では言います。実は姉は服だけではなく下着も変でした。姉が着けていた下着は大胆でとても姉が着ける様な物では無かったからです。ところどころ透けていて、間違っても姉が着る様な物ではない事は以前姉が言って居たからです。
[こんな下着を着けるのは安っぽい女、商売女]と言っていた事を覚えているからです。姉は一緒にショッピングに行く時はあの様な物ではなく、もっと落ち着いた大人が着る清楚な物を選んでいた事をはっきり覚えています。それにストッキングだって刺繍が入った様な物は姉は嫌っていましたが、あの死んでいた時はその様なストッキングを履いていたから驚いていました。
姉は吉野で荼毘に付されて洋服だけが残った訳ですが、果して姉の体にしっかりフィットしていたのか今では疑問です。誰かによって着せ替えられて居たのならと思うと気に成ります。
おそらく刑事さんは姉の姿からその着ていた服装や下着などから、夜の商売を創造されたかも知らないと思い、姉の名誉の為にもあの時言っておこうかと思いながらも、余計な事を言わないで置こうとも思っていましたが、やはり言っておかなければと思いまして」
「そうでしたか?それがこの事件にどれだけ関係をしているのかは分かりませんが、署に帰って報告させて貰い吉野警察署にも伝えます。
それでお父さんもお母さんも他に何かお気づきの点が御座いませんか?お父さんは?」
「ええ、私は毎日会社へ行って居ますからあまり分かりませんが家内は」
「いえ、私も家で居りますが何かがあるとも思いません。あの子は活発で明るく責任のある子だったから、しいて気になる事などありませんでした。」
「では妹さんがおっしゃられている亜紀さんの服装とか下着の事などはどのように思われます?」
「私には分かりませんが確かにあの子が履く下着にしては大胆だと思いますし、あの最後に来ていた服はあの子の物では無いのかも知れません。しかし私にははっきり分かりませんが」
「では他に何か御座いませんか?」
「分かりません。家内が分からない事なら尚更です。私では」
「ええ、私とて何かなど在りません。」
「妹さんは他に何かがありませんか?」
「ええ」
「それで婚約者の田所光樹さんの様態ですが如何なものでしょうか?」
「ええ、相当悪いようです。何しろショックがきつくて一年半もお付き合いをさせて貰っていて、婚約にこぎつけ来春に結婚が決まった矢先でしたから、それは男にとって最大の大仕事、さぞ狂わされたと思われます。
一日も早く立ち直られて婚約も解消され、新しい方を見つけて頂いて,幸せに成って貰いたいと思われます。とんだ事で。」
「そうですか。早く元気に成って貰いたいですね。」
「それが為にも犯人を・・・」
❹
「解かっております。それで携帯電話や他の持ち物についてですが。携帯は既に亡くなられていた時より以前に電波が届かない場所に放置されていたか、電源が切られたか、それとも壊されていたと思われます。
持ち物に関してはバッグなども全て今の所吉野警察署の方が躍起に成って捜して下さっていますが、何一つ発見出来ていない様です。
殺害場所もあの吉野の古刹なのかそれさえも今の所は判っていません。ですから今の時点では何一つご報告させて戴く事は御座いませんが、とりあえず何か気付かれましたなら私吉村か此方の小村刑事にお電話ください。」
熱田警察署の二人の刑事は申し訳なさそうに猪倉家を後にした。
それから全国紙に小さく続報が新聞で告げられた。
それは亡くなっていた猪倉亜紀の死亡までの経路を詳しく表していた。
【猪倉亜紀さんは平成二十四年九月二十二日名古屋駅から近畿日本鉄道を利用して、大阪上本町行きに乗り奈良県の近鉄八木駅を経由して橿原神宮駅に行き、大阪阿倍野駅発の吉野線で終点の吉野駅で降りている。その後ケーブルカーを経て吉野山の上千本まで徒歩で散策をしている事が判った。
上千本で長らく寛いだのか、それから監視ビデオには映っていない事が判り、旅館の予約状態を聞き込んだが、予定されていた上千本にある旅館吉野荘には午後六時を廻っても来ていない事から、旅館の方の話ではキャンセルされたと思っていた様である。
ところが翌日猪倉亜紀さんが古刹の前で亡くなっていた事が分かり直ぐに警察に知らせたようである。
つまり九月二十二日の夜宿泊をキャンセルしたか、若しくはそうせざるを得なかったかのどちらかで、猪倉亜紀さんは旅館に何一つ告げる事無く消息を絶った様である。
そして死亡時刻が二十二日の深夜から翌日の朝六時までの間と鑑識は見解を述べた。】
熱田署の刑事そして吉野署の刑事が血眼に成って捜査をしていると色々な事が判って来た。
『あんなに明るく活発なお嬢さんが何故殺されなければならなかった』と猪倉家の近所の方たちや、勤めていた会社の者も声を揃えて口にしたほどの好人物で器量よしであった事は確かで、誰もが殺された事を疑ったのである。
そんな亜紀にもし何かがあるとするなら結構強引に物事をこなした事が何よりであった。だから婚約者の田所光樹が時折不平を口にした事も確かで、それでも田所も他の男に構う様な事ではなく、歴史に興味を持つ亜紀の事をある意味許せたのであった。
亜紀が持っていたバッグが殺害されてから十日が過ぎた時吉野町から少し下った所のある場所で発見された。
吉野は大きな川が流れていてその両側に集落が存在している場所で、古くは宮瀧遺跡などがあり、その後に成って飛鳥時代が始まる事に成り、さらに飛鳥時代から平城京時代(奈良市)に移り、そして都は平安(京都)に移ると言った具合で、その歴史は深く尊く吉野の川は歴史の川でもある訳である。 その川は遥か和歌山に注ぎ紀の川と名を変え紀伊水道に流れ出ているのである そもそも吉野川は遥か彼方の大台ケ原を源流として川上村を経て、吉野町上市を縦断して大淀町と下市町を縦断し五条市に入りそして和歌山県を縦断するのである。
今回猪倉亜紀が提げていたバッグはその川下の下市町の千石橋から放り投げられて下の川原で発見されたのである。
中には何も入っておらず全て抜き取った事が判ったが、犯人は全ての指紋も拭き取っている事も判る事と成った。
用意周到と思われる犯人であったが、何故態々見える場所にバッグを棄てたのかは警察が頭を痛める所で
それでも何も見付からないよりはましで鑑識は目を光らせて調べる事となった。
❺
ところがその場所から二十メートルほど下流の川原で亜紀のメモ帳なども発見する事となった。
そのメモ帳は正しく亜紀の物で吉野から始まる旅行は明日香村で終わる事も書かれていた。
そして鑑識はそのメモ帳に指紋が付いている事も調べあげ、その指紋は複数の人が残した物である事も判った。
亜紀の指紋以外の指紋は女性のものが全てであった。細い手がそれを物語っていて、子供の指紋とも考えられたが合計三人の指紋を確認する事が出来たのである。
だから亜紀の物を除けば残りは二人の女性と成り、早速その話を亜紀の自宅へ行って確認を取る事にしたのである。事情を話すと亜紀の妹がそのメモ帳を触ったといきなり言ったので、とりあえず指紋を採取して奈良の吉野警察署へ送る事にした。
その結果二人と思われる指紋は一人が妹瑠璃のものである事が判り、もう一人のものは誰であるか判らなかったが、吉野警察署捜査部長南本源治は、はっきり指紋が見つかった妹の事が気に成ったので吉野から名古屋に向かっていた。
「奈良吉野警察署の南本で御座います。この度のお姉さんの殺害事件で妹さんにもお聞きしなければ成りませんが、これも事件解決の為だと思って頂き宜しくお願い致します。
それでお姉さんのバッグが吉野川の下流の事件現場から十キロほど離れた所で発見された訳ですが、容疑者が綺麗に拭き取ったのか、バッグからは全く指紋が出ませんでしたが、そこから更に二十メートルほど下流でお姉さんのメモ帳が発見され、そのメモ帳には可成の指紋が付いていて、その中に貴女の指紋がある事を確認致しました。既にお聞きと思います。実はこれなのですが・・・お分かりに成りますか?」
「いえ、知りません。そんなメモ帳を見た事は在りません」
「おや、そうですか?あっ申し訳ない私うっかりして、これでした、これ、これがお姉さんのメモ帳でした。これ見かけた事ありませんか?」
「それならあります。姉が奈良へ行くと言った前の日に見せて貰いました。九月二十一の夜です。それで姉が色々な所へ行っている様で暫く見ていました色んなページを」
「そうでしたか。それで貴女の指紋が至る所に。貴女もお姉さんの様に旅行が好きですか?奈良とか京都とか」
「いえ私はどちらかと言えばその様な所よりディズニーとかが好いです。」
「そうですか。随分考え方が違うのですね。考え方と言うか趣味と言うか」
「かも知れませんね。姉は幼い時からその様な場所に興味があったみたいで、私が胡散臭いと思っている所でも姉は十分楽しんでいたようでしたから、それに両親もその様な所が好きだったみたいで、私は何時も取り残された様な気がして寂しかった事を覚えています。」
「それでは貴女は奈良とか京都には行かれた事は無いのでしょうか?」
「いえ、あります。二度ばかり、だって家族で行こうと成ったなら付いて行かざるを得ませんから」
「そうでしょうね。ところでこのメモ帳はお姉さんが何時も持ち歩いているようでしたか?」
「何時もかどうかは分かりませんが、おそらくバッグの中に何時も入れていたかも知れません。」
「それを実際にご覧に成った事は今までに在りますか?」
「いえ、あの時が始めてだと思います。そんな人のメモ帳を見る事など、例え親しい仲でもそれは・・・でもあの時は、詰まり姉が旅行をしたいからって言ってはしゃいで居たから、どこへ行くのって言ったらこれを見てと言ってそのメモ帳を見せられたのです。その時他のページを何となく見たのです。だから指紋が付いていたのでしょう。」
「そうでしたか、分かりました。」
吉野警察署の刑事南本源治とその部下稲葉正は大して収穫のない事を感じながら電車に乗り込んだ。
「南本さん、あの落ちていたバッグとメモ帳なのですが、もう一度現場に行きませんか?帰りにでも」
「どうして?」
「何かヒントがないかと思いまして」
「ほう、稲葉君は何を感じたのかな?」
「はい、私はまだ新米ですから笑われるかも知れませんが、もう一度あのバッグとメモ帳が落ちていた場所を確認したいのです。犯人が落とした場所であったのか、それとも誰かが、例えば犬とかが咥えて動かした事も考えられます。詰まりあの辺りで犬を毎日散歩させている人とかが居ないかとか調べたいのです。」
「それも良いかも知れないね。解かった。君の言う通り遣ってみるよ。中々新米の発想じゃないぞ、立派なもんだよ。」
「ありがとう御座います。」
❻
二人が千石橋の下に遣って来たのは既に西陽が差していてススキの穂が揺れる物悲しい趣の川原であった。
「先輩、私が思うにこの場所にバッグが落ちていて、それから更に二十メートルも川下にメモ帳が落ちていた訳ですね。
詰まり犯人は車で下市方向から大淀町に向かって走って窓から投げたか、それとも橋の上に立ち川下にバッグとメモ帳を投げたのでしょうね。橋の左側の歩道から十二メートルの所にバッグが在り、それから二十メートルの所にメモ帳があった訳ですから、大淀町の方から下市町に向かっていたなら川上に成り態々反対側に行って投げないでしょう。殺した人が持っていた物ですから。
川上の方から投げたのならあの様な場所には行かないと思います。いくら風がきつく吹いていても、それに犬か何かが咥えて動かせたとしても、おそらく犬はメモ帳まで咥えないと思います。」
「稲葉君、それは判らないと思うよ。例えば川上の歩道橋から投げたとしてそれを咥えた犬が川下の方に歩いて行き、そこで食い物ではない事を知り棄てた事も考えられるからなぁ」
「それならその犬の件をまず解決しましょう。」
「そうだね。鑑識に聞いてみれば」
「はい。直ぐに聞きます。」
鑑識に電話を入れて、
「南本さん犬は全く関係なかったと今の見解では言っておられます。事件以後雨に打たれていたので歯型も犬の噛んだと言う痕跡も今の所残っていないようです。只唾液がと今調べているようです。」
「なら何処に真実があるのか今は五里霧中って所だな」
「だから先輩、先輩もお気づきだと思われますが、何故バッグの指紋は綺麗に拭かれていて、メモ帳には三人もの指紋が付いていたのか不思議ではありませんか?」
「それは拭き忘れたからと成るね。」
「私もその様に思ったのですが、では何故その様な事が起こったのかと考えた時」
「それから後は私が言おうか?」
「いえ私に言わせて下さい。それで間違っていたなら指摘して下さい。では言わせて頂きます。犯人はバッグの指紋を拭き綺麗に成った事を確認して橋の上から放り投げた。雨の日であったから態々車から降りずに窓ガラスを開けただけで投げた。だから歩道橋があり遠くへ投げるには可成の力がいったので鷲つかみにしてバッグを投げた。
勿論携帯など中の物は全部出して空っぽにして投げた積りだった。
ところが力を込めて投げたので、バッグが変形して回転するように投げられ、横にあった小物入れと言うかバッグの外側にある小さくて紙が入っているだけでは判らない所にメモ帳が入っていた事に気が付かなかった。そしてそのまま調べる事もなく投げたのです。
空中を舞うバッグからメモ帳が隙が出来た時飛び出して風にあおられバッグとは違う所まで飛んで行った。
それで何故犯人がこの様な所にバッグを棄てかと言う事ですが、私成りに考えた事は亜紀さんを襲ったのは通り魔に見せたかったのかも知れません。
❼
札付きの若者のようなタイプの者の犯行ではないかと思わせたかったと考えられます。
稚拙な所が垣間見る事が出来、思いつきで行われた犯行であると思わせる目的がある様に思われます。また犯人はそんな若者かも知れません。先輩、生意気な事を言いましてすみません。」
「いやよく考えているな。稲葉君は良い刑事に成れるだろうね。私の考えなど言わないでおくよ。只これから犬の件で聞き込みをする事が要らなく成ってほっとしたね。とりあえず署へ戻れそうだね。」
「ええ、」
「犯人がバッグを棄てた時メモ帳が入っている事に気が付かなかった。チャックを開け中の物を全部出した積りであったが、外付けの小物入れは調べなかった。考えられるね。あの薄っぺらいメモ帳だから全く厚みも無いからね。何も入っていないと判断したか、それともそんな所が在る事すら気が付かなかったって事だね。
だから犯人はバッグの指紋を全部拭き取りそれで態々そのバッグをあの様な所へ棄てて捜査を攪乱する事が目的だった。計画犯罪で無いと言いたかったって訳だね。」
「はい私にはその様に思います。」
「ではその線で考えるのなら根拠を見つけないとなぁ」
「根拠ですねぇ、」
「稲葉君、吉野山から帰る時下市町に出るには吉野川の裏道があるね。もし犯人が裏道を通ったなら狭い路だから、何処かにパトロールカメラが設置されているなら、そこにお願いして協力して貰う事も出来るね。」
「なるほどそのカメラに不振な車両とかが映っていないか調べられますね。もし下市町の裏道を走って来てあの場所でバッグを投げて棄てたのなら間違いなく犯人は映っている事になりますからね。」
「国道を通り大淀町から遣って来てあの場所に入ったならそれは不自然だからしっかり調べたら。」
「はい。」
「それに未だ判っていないのがもう一人の指紋だが、亜紀さんの指紋と妹の指紋と他の一人の指紋だね。」
「それはあの姉妹が関わっている女性って事に成ると思いますが、若しかして犯人って事は今までの推理からすると無いかも知れませんね。
だって犯人がメモ帳だけ指紋を拭き取る事を忘れたのだから、この指紋の人は吉野へ来た事さえ無いと思われますから。」
「そうだね。只稚拙な犯人なら決してゼロではないと思うよ。だって我々でも度忘れって事も在るから、例えば電車の切符を買ってあの亜紀さんのようなバッグに入れておいて、それさえ忘れて改札であたふたする事だって在るからね。私は刑事の癖に度忘れが多くて・・・だから犯人で無いとは言い切れないって事だと思うよ。」
「そうですか解かりました。双方の考えを持って柔軟に対処致します。」
「そうだね。しかし稲葉君、指紋が三種類在って誰の者か判らない指紋が一番多く残っている訳だけど、それも詳しく見れば亜紀さんが奈良へ行った時のスケジュールなどが書かれた所に多くの指紋が残っている事が不思議だと思うね。」
「それって私も気に成っていたのですが、亜紀さんは以前にも四回も奈良へ来て居ますね。あのメモ帳以外にもメモ帳が在るなら、若しかするとあの厚みだから、それに彼女は既に二十六歳だから、おそらく何冊目かも知れないと思います。それでもあのメモ帳だけでも奈良へ四回も行っているわけです。その四回目のメモを書き綴った所に誰か分からない人の指紋が沢山残されているようですね。
この事は何を意味するのか私には分かりません。もし今言える事としては、犯人は亜紀さんが吉野へ行く時に何か考えていたと思われるのです。もしこの指紋が犯人の物であるとするなら」
「いいぞ。その調子だ。稲葉君明日から徹底的にその指紋が誰かを捜す事にしよう。」
「はい。それが早道かも知れませんね」
❽
翌日南本刑事と稲葉刑事は鑑識が調べ上げた指紋を分析していた。そのメモ帳には事細かに詳細が書かれていて、第三者がつけた指紋がひときわ多く残っておりそのページを調べる事とした。
予定日、平成二十四年九月二十二日吉野方面 弁慶の力釘、蔵王堂、奥の院、隠れ御堂、などを散策 柿の葉すし、葛湯など 後醍醐天皇と南北朝について詳しく・
予定日平成二十四年五月三日,
明日香の里、持統天皇陵の散策 持統天皇、小野馬子、聖徳太子、中臣鎌足、中大兄皇子、などについて探索する予定、歴史資料館探索 香久山散策
平成二十四年三月二十一日
奈良桜井、段々神社から明日香村へ古人が歩いた道を歩く予定。ドキドキ!大化の改新について
予定平成二十四年一月三日
電鉄会社のイベントで日本最古の神様、橿原神宮神武天皇陵へ初詣
熱田神宮は勿論。しかし奈良の神社には奥ゆかしさが二千六百年の歴史が、この事実は厳粛な思いにさせられる。だから行く。聞けば奈良の都には多くの天皇が、私はそんな時代に浸かりたい。古人と同じ思いに成りたい。私の奈良散策は今年も始まる。謹賀新年 古事記。日本書紀をひっさげて・・・
猪倉亜紀が残したメモである。その側に走り書きがいくつもしてあり時間表や美味しかった食べ物など書かれていて、又レンタサイクルを借りて廻った事も書かれている。
そしておそらく他にも資料などを沢山携えて至る所を精力的に廻ったようである。亜紀はその様にして奈良を愛し、時間が許されれば態々奈良を訪ね今に至っていた様である。こんな事件に巻きこまれなければ・・・
「南本さん、私気が付きましたが、この女性の指紋はおもに左手の指紋が殆どですね。つまり左利きと言う事なのでしょうか?」
「どうだろう?それは実験してみないと判らないな。癖ってのがあるから一概には言えないな。もし開いた状態で殆どの指の指紋が付いていたのなら、確かにその手で広げて押さえた事に成り、読みやすくする為に我々だって同じ事をするが、もしその様な形なら確かに利き手だと言えるね。」
「ええ、今おっしゃられた様にこの指紋は左の手の平で押さえた様に成っていて利き手だと思われます。」
「女性で左利きの人と成ると案外早く見つける事が出来るかも知れないな。犯人では無いにしても。名古屋の熱田警察署の吉村刑事か小村刑事にお願いして、亜紀さんの交友関係などを調べて頂く事にするから、合同捜査本部だから遠慮は要らないから。」
「では私が電話致します。」
「それと何か判った事が在れば聞かせて貰って」
「はい。」
❾
名古屋熱田警察署の吉村刑事に指紋に関する疑問を伝え、左利きの交友関係がないかを聞き込む様にお願いした。熱田警察署からは未だ何一つ目新しいものは出ていなかったので、指紋の事を強くお願いして電話を切った。
十月も半ばに入って秋本番と成り、秋の風情を求めて明日香村などには全国から多くの人が訪れ、歴史の深さを物語る光景と成っていた。
何しろ日本が生まれた場所の歴史の線上にある事は間違いなく、其れまでのあやふやな歴史に比べれば、何に於いてもはっきりとした形が残っているのであるから、この事実を否定しようが無いわけである。
日本書紀や古事記に出てくる言わばどれだけ信用出来るかと言うものから、時は進みお墓でありお寺であり神殿であり水路であり祭殿であり、その様にはっきり形が残っているのであるから疑い様が無いのである。
どれだけ京都が優れた歴史があるとか、東京がどれだけ都会であるとかと言う事も確かであるが、その礎に成ったのであるから明日香村とは厳かな場所なのである。
猪倉亜紀はそんな明日香村にも憧れて、更にそれより千年も前に建立された神武天皇陵にも気を奪われ、名は全国に知られていた吉野の歴史や義経の悲話にも心を傾け、後醍醐天皇が吉野で朝廷を開いた事にも心を奪われたのであった。
吉野警察署の刑事南本源治と稲葉正は亜紀が辿った道を辿る事にした。
猪倉亜紀は九月二十二日の午前中に名古屋を出て昼頃に奈良へ入り、まだ陽の高い内に吉野山の中腹に居た事がケーブルカーのビデオカメラに映っていたのである。
午後二時三十分の上りで亜紀はケーブルに乗っている。
それから数台のビデオカメラに写っていて確かに上千本まで行った事が裏づけされた。それから亜紀はどの様な行動をとったのかはどのビデオカメラにも写っていないのであった。
九月二十二日は平日で吉野山は春がシーズンだからそんなには混んでいない。寧ろ閑散としている事が多い。
奥千本の名所と言えば隠れ御堂がある。隠れ御堂とは源義経が兄源頼朝に追われ命を狙われていたので吉野まで逃げて来て、奥千本のひっそりとした屋敷で隠棲の如く生活をしていた場所と言われている。その隠れていた屋敷こそ隠れ御堂と言う名に成って今に伝わっているのである。でも実際はもっと大きな場所でくらしていたとおもうが
亜紀はこの事実だけでも興奮した事であったかも知れない。だから態々名古屋から遥か彼方の吉野まで来ても、この建物に触れ心を躍らせていたのかも知れない。
亜紀は間違いなく隠れ御堂へ足を運び、まるで義経が潜んでいた風姿さえ感じていたのかも知れない。
南本刑事と稲葉刑事は隠れ御堂の界隈で目撃者が居ないかと聞き込みを繰り返していた。
旅館には六時までに入る約束であり、万が一遅れる時は電話を入れる事が約束されていたが、亜紀からは旅館に何一つ連絡が無く旅館の店主は、
「若いのは困るな。節操を弁えて貰わないと」と愚痴を零していたようであった。
しかし間違いなく亜紀は深夜以降明くる日の朝六時迄の間に殺されたのである。首を手で締め付けられ窒息死している事は鑑識の報告ではっきりしている。
「こんな時どうすれば良いのかと思います。私の様な経験の浅い者には難し過ぎます。しかし根を上げる訳にはいかず、嫌なら、解決する気が無いのなら辞めるべきだと思いますが、何とかしたいです。」 「なぁ、稲葉君焦っても犯人は遠くへ行ってしまうから、それって奴らの思う壺だって事だよ。もう一度思い出してみよう。亜紀が殺されていた状態を。見た目には全く乱暴されたような形跡は無かった。それでも亜紀の妹は亜紀が着ていた服は絶対着ない柄であると言っていて、更に着けていた下着も姉が好む様な下着では無かったとも言っている。それって何を意味するのか男の我々では無理かも知れないが考えてみような」
「はぁ、南本さんの意見を聞かせて下さいよ。」
「いや私が言う前に稲葉君の考えを聞かせてくれないか?私は既に六十近い人間君はまだ二十代だから君の様な考えが今必要だと思うから、犯人に成った積りで考えてくれないかな?」
「私がですか、考えられる事は亜紀が殺される前とか後に裸にされ衣服を取り替えられた。それは女であったのかも知れないし男であったのかも知れない。でも男ならそれなりに体液などが付着している事も考えられるが、亜紀の場合はそんな物は無かった。変態かもしれないし・・・
❿
だから女が亜紀の死んだ後服を着替えさせた・・・これは妹の瑠璃が言った言葉を信じた場合で、もし妹が言っている事が出鱈目なら亜紀は何時もの格好であり、それを調べるには簡単で、婚約者から何もかもを聞き出せば全てが判る事に成ると思います。
では何故妹が嘘まで付いたのかと成るとそれは判りません。趣味が違う事を熱田警察署の吉村刑事からお聞きしましたが、それだけで姉を殺すなど考えられません。おそらく妹も白だと思います。例え指紋が残っていても」
「そうか・・・稲葉君は可能性として妹も犯人の内だと解釈しているんだね。それは良い事だね。一番怪しくない人を蔑ろにすると事件が大きく成って解けなく成る事は間違い無いから。
今日はこの後名古屋の熱田警察署の吉村さんに、同じく親しい人の婚約者の事を聞いてみれば」
「でもそれって無理かも知れませんね。だって婚約者は今病院へ入っているのでしょう。それも精神科で治療を受けているのでしょう。」
「それは我々が決める事では無いから、彼らに任せておく事にしようよ。犯人探しが第一なんだから」
「それもそうですね。熱田の吉村さんもベテラン刑事さんだから上手くやってくれるでしょうね」
「そうだと思うよ。婚約者がどの様な言い方をするかって事だね。その服装の件や下着の件を」
「何時もと同じで全く問題が無いて言ったなら、更に何時もその様な下着を着けているって言ったなら、妹の瑠璃にも疑念が湧いてくる事も考えられますね。」
「そうだね。」
「それに指紋の事も聞かないといけないですね。亜紀の交友関係にあの指紋の同一人物が居ないかって事を」
「明日も同じように亜紀が辿った足取りを調べよう。吉野山一体を。」」
「そうですね。何しろ吉野山へ来てからまもなく殺されたのですからね。翌日には生きていなかった事は間違いないようだから・・・」
「えーと、亜紀さんの食べ物で胃の中から発見されていたのは?」
「うどんの様な物が残っていました。司法解剖の結果は。」
「つまりはっきりした物では無かった。様な物としか判断出来なかった。つまりそれは昼に食べた物なのか電車で食べた物なのか、それとも吉野まで着てから食べたものなのか、明日はそれを私が詳しく聞いてみる事にするから、それでどれ位の時間でうどんの様な物に成り、うどんとはっきり分かるのは食べてからの時間だね。それで亜紀さんの足取りが判るかも知れないね。
もし吉野山で食べた物なら必ずどこかに足跡が残されていて犯人の影も見えてくるかも知れないからね。」
「南本さん。刑事って仕事は一歩一歩の積み重ね以外に何も例える事が出来ないですね。」
「そうだよ、いま頃気が付きましたか?稲葉君は」
「はい。そんな風に思っていましたが言葉にするのが辛くて」
「なるほど。でも慣れるから、それに今以上頑張れるから」
「そうでしょうか?」
「ああ、頑張れる。それには犯人逮捕が絶対条件だけどね」
「解かりました。明日も頑張ります。亜紀の為に亜紀の家族の為に」
翌日早速名古屋の熱田警察署の吉村刑事から電話が掛かって来て、亜紀の会社関係や大学時代の仲間などを徹底的に洗うとの言葉を聞かされて、南本も稲葉も気の引き締まる思いに成って来た。
それに婚約者の田所光樹の入院している病院もその足で窺がう事も口にしてくれて、大きな波が動き始めた様な気に成って来た。
⑪
南本刑事と稲葉刑事は別々に行動して南本は司法解剖で亜紀の胃袋に残っていた残留物に関して調べ、稲葉刑事は近鉄電車に九月二十二日に乗った亜紀の行動がカメラに写っていないかを再度調べる事にした。
亜紀が昼に車内食堂で何かを買い食べていないかと調べて貰う事を考えた。そして案の定亜紀は当日車食堂でうどんを食べている姿が残っていて、早速南本刑事に電話を入れる事にした。
方や南本もその解剖の結果から非常に微量であったが、鯖の破片を見つける事が出来、それは正しく吉野地方で有名な柿の葉すしではないかと言う結論と成り眼を光らせる事と成った。
翌日
二人の刑事は逸る気を抑えながら吉野山に登り、柿の葉すしを売っている店を隈なく歩く事にした。『吉野山まで行ってから食べたと成ると時間的に無理が生じます。おそらく僅かの量だけ、つまり試食とかで少量を食べたとか、或は二個だけ付いていたとかなら理論的に合います。』と鑑識が言っていた事を頭の隅に浮かべながら、電鉄会社に先ず聞く事にして、鯖は一切当日は扱っていない事を確かめた上で吉野山へ向かっていた。
「この辺で試食とかそれとも少量を売っている店がないか調べような」
「はい、吉野へは遠くからお客さんが来ているから一度も食べた事のない客は、今時は不景気で試食は出来ないから二個とか売っている事も考えられ、そんな事をしている店を捜しましょうよ。何処かにある筈」
「そうだね。先ず上千本からそれで駄目なら中千本に」
「はい」
二人の刑事は精力的に聞き込みを開始した。とは言ってもそんなに多く店がある訳も無く案外簡単にそれらしき店に出くわす事が出来た。
「はい、私の店ではそんな事もあり一個から売らせて頂いています。又お店で何かおうどんとかをお食べ頂けたなら二個お付け致して居ります。勿論御代は頂きますが」
「それじゃつかぬ事をお聞き致しますが、お堂の前の広場でこの前殺されていた方なのですが、この方です。この方が此方のお店へあの日来られた事は御座いませんでしたか?それをお聞きして廻っている所なのです。」
「この方ね。新聞でも見ましたしテレビでも遣っていたので見ましたが、心当たりなどありませんねぇ。
綺麗な方だから来られたなら覚えて居る事は間違いないのですが、この日は平日でお客様もそんなに多くなかったから来られていれば覚えています。お役に立てませんで」
「解かりました。其れでこの当たりのお店は柿の葉すしを一個とか売られる事は当たり前なのでしょうか?」
「当たり前かは判りませんが、食わず嫌いの方も居られますから、一度少しだけ食べられて好きに成り箱入りで買って下さる方も居られますから、どの店でも一個でもお売りしているかも知れません」「そうですか。ありがとう御座います」
「稲葉君、これじゃ埒が明かんよ。全ての店がばら売りしていると思い全部当たってみるほど勝負が早いよ。
写真を持って聞き込みに廻ろう。ここは一本の道で分かれているから向かって左の店を当たるから、君は右の店をあったってくれるね。それで下千本までローラ作戦で下ろう。」
「解かりました。見つかり次第電話差し上げます。」
「ああ、此方もそうするよ。」
それから二人の刑事は食堂やみやげ物店を覗き込み聞き込んで行った。
⑬
そして一足早く聞き込みをしていた稲葉刑事がその店を見つける事となった。
「確かにお越しになられました。それで笑顔で一つか二つ頂けませんか?」と言われ更に「吉野山にこれで三回ほど来ているのですが、私は魚が苦手で、でも一度挑戦したくって看板を見る度にそんな事思っていて、勇気を出して頂く事にしました。それで構いませんのなら二個ばかりご無理でしょうか?」
「構いませんよ。そんな方も居られますし、何しろ初めてお食べに成るのですから無理も御座いません。遠慮なくその椅子に座られてお食べ下さい。ここからは景色も綺麗ですから」
この様なやり取りがあってそのお嬢さんはあの椅子に座って食べておられました。それでお茶を出させて頂きまして雑談をした事を覚えております。
名古屋から朝からやって来た事も言っておられました。それが翌日あんな姿に成って私はびっくり致しましたが、別に警察の方に何かを聞かれた事も無く今に至っているのです。犯人はまだ判らないのでしょうか?一日も早く見つけてあげて下さい。あんなに清々しく綺麗な目をして、とっても優しい笑顔で今でも信じられません。
どうか刑事さんこんな事が吉野で起った事さえ今でも信じたくありません。一日も早く犯人を」
店主は目から泪を薄ら浮かべながら一生懸命話を続けていた。
「ご主人、すみません。もう一人刑事が聞き込みをしていますので、上司ですが今連絡して此方へ来て貰います。私の様な者がお聞き致しましても手落ちがあるといけませんので、直ぐに来て頂きます。」
稲葉はそう言って南本刑事を呼び寄せた
「南本さん。此方のお店に亜紀さんが立ち寄っています。写真でも確認して頂きました。それで此方のお店のあのテーブルで柿の葉すしを二個食べた様です。そこまでお聞きしまして、それで重要な話だと思い南本さんを呼ばせて貰いました。」
「そうですか。お忙しいのに申し訳御座いません。私吉野警察署の捜査部長南本源治でございます。」
「ご苦労様です。捜査部長さんが自ら陣頭に立って?」
「そうです現場一辺倒ですから机に座ってなど性に合わないでして・・・それで被害者の猪倉亜紀さんが此方のお店で柿の葉すしを食べられたのですね?」
「はい此方の刑事さんにも言わせて貰ったのですが間違い御座いません。」
「それは二十二日の何時ごろに成るでしょうか?」
「あの日は平日であまりお客様が居なかったのでパートさんも早く帰ってしまっていたので、三時は過ぎて居ましたが五時には成って居なかったと思います。
何故なら彼女が出て行かれてから私も役場に出かけた事を覚えていますから、役場は五時までですから、それに役場まで行く為に十五分ほど掛かりますから、
お帰りになる時入口で彼女に、旅館吉野荘を聞かれてご案内して差し上げましたから、それから私用で役場へ行きましたので」
「旅館吉野荘ですね。」
「ええ」
「そうでしたね。吉野荘のご主人もあの時言って居られましたからね。予約されていたが来なかったと事件が起こってから、確か翌日に」
「そうでしたか。お気の毒に」
「それでどのような格好をされていたでしょうか?覚えておりませんか?」
「覚えておりますよ。綺麗な淡いピンクのシャツにセーターを羽織られ濃い茶色のズボンを履かれて如何にも都会の方って感じでしたから」
「本当ですか?水玉柄の・・・」
「いえ、無地でしたよ。鮮やかな色の」
「間違いないでしょうか?」
「ええ、彼女ほどの綺麗な方が来られるのはあまり無く、印象としては強く残っている事は確かです。それに好みのタイプとなれば尚更です。まぁ私が言うのは語弊がありますが」
「そうでしたか、良い話をお聞きする事が出来大変感謝申し上げます。もし良ければ亜紀さんの出で立ちを絵に描いて頂ければと思います。
勿論お暇な時で良いですが出来るだけ早ければありがたいです。
吉野警察署に絵描きが居りませんので、この洋紙に書いて頂ければ幸いです。
特徴を捉えた書き方が出来る様に成っていますから、書き良い事は書き良いと思います。後日頂きに来させて頂きますから宜しくお願い致します」
「はい、解かりました。私は絵の方は全く駄目ですが、この様に書かれていれば何とか成るでしょう。上手さより正確さだと理解しますから」
「お願いしておきます。」
吉野警察署へ帰った二人は何か一歩前に出た様な気に成って来ていた事は確かであった。間違いなく亜紀はあの日の夕方からあくる日の朝にかけて裸にされ、そして着替えられた様であるとはっきり読む事が出来た。それは犯人が亜紀の体に大きく関わっている事は間違いないと思われた
「南本さん。これで犯人が男であるか女であるか、私の考えではズバリ女と思われます。だって亜紀を裸にしてそれで何もしないって事はないと私は読みます。
実際生きている亜紀を見ればあの柿の葉すし店の店主が言っている様に、相当綺麗な人だと思われるからです。男なら間違いなく乱暴する筈です。違うでしょうか?」
⑭
「おそらくその様に考えるのが今までの犯罪なら同じ事と思うが、安易に決めて掛からない事だね。もし二人でした事なら、つまり男と女がした事なら解からないからね。今時の犯罪者は何を考えているかなど解からないからね。」
「それにしても犯人像が浮かんで来ませんね。」
「確かに」
「亜紀は柿の葉すしを食堂「花暖簾」で食べたのが四時ごろ、それから店主と外へ出て道の上で旅館吉野荘の場所を尋ねて歩き出した。それが四時から五時までの間。旅館までは十五分ほど、旅館に入るのは六時までで良いから約二時間近くがある訳で、それで亜紀は何処かへ行く事を考えた。それは何処であったか・・・あまり遠くない所でそれで居て結構名所な所・・・それは何処だったのか?
亜紀はそこを目指して向かう事にした。こんな風に考えますが如何でしょう。南本さん」
「可能性はあるね。折角遠くから来たのだからちょっとでも何かを見てみたいと思うよ。美味しい物を食べたいとか思わないと思うよ。あんな子はとにかく歴史が好きだから、いくつもの目的を持っていたと思うよ。」
「では、ここから一時間程で行ける所を捜す事にします。何かを摑めるかも知れませんから。」
「そうだね。何かを摑まないとね。」
「考えられる事はバスに乗って行ったかも知れないし、誰かの車で乗せて貰ったかも知れないし、或は歩いて行ったかも知れないし、とにかくこの近くで探します。」
二人の刑事は又聞き込みをしぶとく繰り返して、そして二日目にある情報を得る事と成った。
吉野山で酒店をしている『扇屋』の店主扇谷信三が、同日夕方に配達で坂を上りカーブを曲がると、突然前でトヨタマークⅡのシルバーのセダンが道を塞いでいて、慌ててブレーキを踏んで止まらされた事があり、場所が場所なだけに危なく、むかっと成り腹が立ったので「非常識な!」と思い睨みつける様にした時、慌てて若い女性が車に乗り込んで行く姿を見たと口にした。
それが亜紀かは判らなかったが、着ている服が食堂の店主の言って居た服とまるで同じであった事から、亜紀ではないかと言う事に繋がった。
それは上千本から少し上がった所の上り坂でカーブになった所であった。通称帝の辻と言う所で普通この間は止める所では無く車は勢い良く登り切る所であった。
その場所で車を止めて女性を乗せていたから、地元の酒店の店主扇谷信三は「非常識だ」と神経を尖らせたのであった。
そんな事がある時は苛立った感情が働き、人の記憶がはっきりしている事が多い。
ぴりぴりしているから目くじらを立てているからであって、亜紀の姿も瞬時に乗り込んだ割にははっきり覚えていたのであった。
しかしその後お酒の配達があり気忙しい夕方であったので、その車が何処へ行ったのかなど覚えていないと言うのであった。
しかしその道は奥千本に繋がっていてそのまま真っ直ぐ上り切れば広場に着く。
この話を耳にした南本と稲葉両刑事はその帝の辻に行く事にした。
確かに急な道で、ここで車に乗り降りする事など普通しないと思う場所であった。しかし亜紀はこの場所で車に乗って上に向かった様である。少なくとも酒屋の店主の話では、それから暫くは前を走っている事は確認出来ている。酒屋の車はそれから一丁ほど走り停めたようであるが、先に走っていたその車の事など気にもせず荷台のお酒を卸して事を急いだ様であった。
「南本さん、これから亜紀はどの様な行動をとるのでしょうね?その乗ったと言う車との関係も判らないですね」
「もしこの場所で乗ったのなら、若しかして知り合いであったのかも知れないしな。声を掛けられて無理にでも乗らなければならない関係の人であったと判断しても可笑しくないだろう。
この場所は帝の辻と言ってどうも有名な場所かも知れない事を亜紀は知っていて、歴史を踏みしめるよう一歩一歩ゆっくり登っていた所、断れない誰かに声を車から掛けられてそれで乗り込んだ。もしかして仲間だったのかもしれないし…
⑮
酒屋の店主が危ない所で止まっている車を見つけた時は、車の中から既に亜紀を説得するだけの時間が過ぎていたのかも知れないから、亜紀は納得し安心して急いで車に乗り込んだ事が考えられるな。
亜紀が泊まる予定の旅館は既に通り過ぎていて、時間も五時ごろだったと酒屋の店主が言っていた事を考えると、その車の人物は亜紀の消息を知っている事が十分考えられるな。」
「でも亜紀がこの様な所で旅館から離れて行く車に乗り込むでしょうか?そんな性格ではない事は今までの調べから判ります。結して無責任な事を平気でする様な性格には思いません。吉野まで来て更に旅館に入る時間が迫っていて、それで旅館に何一つ連絡もせず車に乗り込むでしょうか?」
「それはだから『奥千本に行くから乗れば』とか言われて乗ったのかも知れないじゃない。この坂だからある意味嬉しかったのかも知れないしね。『助かった』と思ったのかも知れないよ。上についてから旅館に電話をすれば済むから」
「南本さん、ここで車を止めてそしてドアが開いていて亜紀が乗り込もうとしていた。つまり両手をドアの中に入れて背を曲げている状態を酒屋の店主は見ているのですね。それで亜紀は急いで乗り込んだと・・・
でもそれって考えてみて下さい。亜紀の手は車の中で後ろからは見えない訳ですよ。もし亜紀が手を摑まれていて無理矢理車に連れ込まれていても、同じような感じに見えるのではないでしょうか?」
「成程ね。想像するとそうかも知れないな。私と全く見解が違うが一理あるね。それじゃ今一度当たってみるか。」
「酒屋の店主に」
「そう。」
二人は慌てて引き返し酒店扇屋を訪ねた。
「ご主人、つかぬ事をお聞き致しますが、帝の辻で貴方が見かけられたとおっしゃって下さった事をもう一度思い出して頂きませんでしょうか?何故かと申しますと、一つの疑問が生じて来て、それは貴方が車に乗り込んでいたと言われた女性は殺されていた猪倉亜紀さんに間違いないようですが、問題は貴方が帝の辻でその女性が車に乗り込む所を見かけたとおっしゃられましたが、それってこの様には考えられないでしょうか、
女性が乗り込んだのではなく、車の誰かに引きずり込まれていたと、その様に見えるとは考えられないでしょうか?何しろその後で殺されたのですから・・・」
「そうですね。車の後部座席のドアが開いていて、それで女の人が背を丸めて車に乗り込む所でしたから、これでもはっきり覚えている積りですがまさかその後殺されたなんて・・待って下さいよ、刑事さんが今言われた事が正しいと成ると、その様に言われればそうとも考えられますねぇ」
「例えばその時乗り込んで行く女性が大きな声で笑っていたとか、頭を下げて何かを言っていたとか『すみません』とか普通言うでしょう?」
「そんな事は分かりません一瞬の内に女性は乗り込んだのですから。それよりあんな所で車が止まっていた事に腹が立ったから、その辺の所は記憶に無いかも知れません。『早くしろ』って心でいらだっていた事は確かです。」
「つまり貴方が見た女性は自分から乗り込んでいたのか、それとも無理に連れ去る様にされたのか判らないって事でしょうか?」
「ええ、その様に言われればどちらとも言えます。まして殺されたと成ると」
「判りました。又何か思い付く事があればお願いしておきます。」
酒店を後にしながら、
「稲葉君、君の言う通りに成るかも知れないな。」
南本刑事は稲葉刑事の顔を見ながら笑顔でその様に言った。
「それじゃぁこれから何をするかだな、稲葉君」
「そのシルバーのセダンがそれからどのような行動をしたかって事が重要ですね。おそらく犯人だと思いますから。」
「それではこの山の何処にパトロールカメラがあるかを調べて、そのシルバーのセダンが写っていないかを調べる事にしよう。」
「それにあの下市町の千石橋で前後してその車が走っていないかと言う事も調べましょう。」
「そうだな。」
その車がパトロールカメラに写っている事が翌日には判る事となった。数台のカメラが捕らえていた。吉野は春になると大混雑に成りカメラが大いに渋滞緩和に役だっていたので至る所に設置されていた事が功を奏した。
シルバーのセダンは愛知ナンバーでしかも盗難車である事もわかる事と成り、運転していたのは帽子で顔を隠すように深く被っている若い男である事も判る事と成った。南本刑事と稲葉刑事は翌日名古屋熱田警察署の刑事吉村と小村両刑事を訪ねていた。
「何時もお世話に成っております。何とかここまで嗅ぎ付けましたが、まさか盗難車であるとは思いもしませんでした。がっかりです。しかしながら一昨年に盗難に遭った愛知県木曽崎町の成瀬友則さんに一度お会いして何かを摑めないかと来させて頂きました。」
「解かりました。これからご一緒してお伺い致しましょう。」
「それで一昨年の十二月に盗難に遭ったようですが」
「ええ、それも全部含めて今一度成瀬さんにお伺い致します。何しろ殺人事件が起こった訳ですから」
それから熱田警察署の刑事吉村に案内されて南本刑事と稲葉刑事は成瀬家へ向かった。
粋な門構えの家で中から上品な女性が深く頭を下げて吉村刑事達を迎え入れた。
⑯
吉村刑事が吉野警察署の二人に声を掛けて三人は神妙に中へ通された。
「始めまして私成瀬友則と申します。大学で授業を教えています。五十三歳に成ります。ご挨拶はこれで良いでしょうか。」
「はい此方は態々奈良の吉野からおこしに成られました南本刑事と稲葉刑事でございます。この度は貴方の車を奈良で見つけられたので、その事を報告方々二、三お聞きしたい事がございまして、それで両県警の合同捜査本部ですから三人に成りまして」
「そうですか。吉野から・・・私も何度かお邪魔させて戴いた事があり決して遠い所とは思われません。何故なら吉野には後醍醐天皇が朝廷を開かれていた事も御座いますし、又持統天皇が何度も吉野に行かれたとか、宮滝の今は史跡に成っている場所に行かれ、将来を占ったとか読んだ事が御座います。
私はそもそも趣味も兼ねましてこれ迄の天皇家のお墓を調べている事もあり、中々はかどりませんが、それで明日香村なんかは再三お邪魔致しております。何しろ天皇が多く居られる訳ですから。
あーぁすみません。吉野とおっしゃられた途端興奮致しました。とんだ失礼な事を」
「実は成瀬さん。お電話で申しましたが、貴方の車が見付かったのですが、それがですね・・・」
「もう二年近く前の事ですから使い物にならないとか」
「いえ、そうではなく実は殺人事件に関係しているかも知れないのです。」
「殺人事件?」
「そうです。この九月二十二日女性が吉野で殺されていて、その女性は名古屋の方で二十六歳の方でした。その方が殺されたと思われる当日、その車に乗っていた事がわかりました。それも今の所誘拐されて車に乗せられたのか、それとも自らの意思で車に乗ったのか判りませんが、その車に乗ってから消息が摑めず、そして翌朝に死体で発見されたのです。
犯人若しくは重要参考人は、貴方が盗難された車に乗っていた事は間違いない様に思われ、それで何か繋がるものがないかと来させて戴いた訳です。」
「そうでしたか。そんな事とは知らず大変失礼な事を言いまして。的外れなことを。
しかしながら私としても一昨年の暮れに車が盗まれたのですからどの様に思って良いのか、それにしても亡くなられていた方が名古屋の方とは因果なものですね。
だからと言ってあの盗難と殺人事件が繋がっているとは思われませんが、何なりとお聞き下さい。ご協力は惜しみません。」
「ありがとう御座います。先ずお聞きしたいのはこの写真の男性です。顔は帽子を被っているから解かりかねますが、何か特徴があるかも知れません。大学の関係者でこの様な方が居られないかと思いまして」
「いえ、これではまったく判りませんが、例えば服装とか帽子とかに特徴があれば良いのですが・・・この写り方では・・・心当たりはありませんね。」
「では私からも。私は吉野警察署の稲葉と申します。大学の卒業生とかと今まで何か授業の事とか人間関係とかサークルでのトラブルとか思い当たる事がございませんか?それに車が盗難にあった時に何か問題を抱えていたとかと言う事も?」
「確かに車が盗難に遭った時は就職さえ出来ない生徒も可成居り、些かのトラブルはあった事は確かです。ですから腹いせに私の車を盗る者が居るとしても不思議ではない事かも知れません。
しかし大学はその様な時でもしっかり生きて行く事も教えている場所。人の性にしたり、逆境から逃れようとするような卑怯な事など教えていない場所なのです。工夫して頑張って乗り切る事を教えている場所なのです。」
「つまり貴方を恨んだり憎んだりする生徒はいないと思っていると言う事でしょうか?」
「ええ、そう在りたいですね。」
「それで成瀬さんは考古学がご趣味であられるようですが、天皇家のお墓とかお詳しいのですね。
実は吉野で殺されていた女性も貴方と同じ様に奈良の古刹や古人に興味を抱かれ再三奈良県に行っていたのです。吉野や明日香村、そして橿原神宮など」
「ほう、そうでしたか。橿原神宮にも。初代天皇の神武天皇が祭られている所ですから私も真っ先に行っております。その方もお若い様ですが」
「それで何処かで出会われていたとか、或は知らないと思っていたが、何処かで接点があったとか思い当たる事が御座いませんか?」
「判りませんなぁ、大学のサークルでは私は考古学などしていませんから、これはあくまで私の趣味ですから。」
「それで過去に個人的に何方かを誘って奈良へ行ったとか」
「それなら在ると思います。
電鉄会社が遣っている歴史探訪のイベントに参加した事が在ります。そこで若しかすると知り合っていた事も考えられますが、それは近鉄さんにお聞き頂いて申込書を調べて頂ければ判るかも知れません。その方が本名を登録されていたなら。当然私は実名で書かせて貰っていますから」
「解かりました。都合で・・・
所で貴方の車は見つける事は出来たのですが、それはパトロールカメラに映っていただけで実際に乗り捨てられていた訳ではありません。だから今何処を走っているかも判りません。只その車に乗っている者が吉野で女性を殺した犯人なら必ず捕まるでしょう。
これだけカメラがありナンバーも各警察で手配していますから。
⑰
所で犯人はその車で逃走したと思われるのですが、奈良県の吉野から名古屋方面には向かわず、奈良県の南部方面の五条市を経て和歌山県の橋本市を過ぎ、紀見峠を越した所までパトロールカメラで追跡出来ましたが、それからは言わば消えてしまったのです。
おそらく車は何処かに隠してあると思われますが、それで貴方が今まで教えていた学生の中で或は大学全体で、関西の生徒は居られたでしょうか?特に大阪南部の方が」
「それは調べてみないと判りませんが居るかも知れません。結構関西の方が来られる事もありますから」
「それをお調べ頂けないでしょうか?お手間ですが」
「いいですよ気は進みませんが、犯人探しですからね、何しろ」
「では私からももう一つ、殺されていた猪倉亜紀さんが卒業された大学は愛知文化総合大学でした。ところで貴方が行かれている大学と愛知文化総合大学は拘わりなど御座いませんか?共同で何かイベントをするとか?」
「あるようですよ。愛知文化総合大学は殆どが女性だから時々交流があるようです。我が校の生徒は張り切っているようです。そりゃそこで始まる恋もあるようですから。」
「それって再三あるのでしょうか?」
「ええ、年に一回はあるようです。」
「そうですか。判りました。とにかく車が出てくればまたお伺い致します。それに御手数ですが南大阪の生徒が居られたか急いでお調べ下さりお聞かせ頂きたく思います」
成瀬友則教授の家を後にした三人は熱田警察署に戻りお茶をすすりながら話を続けていた。
「先日来お聞きしていた事をこの際ですから判った事だけ申し述べさせて頂きます。」
早速熱田警察署の吉村刑事から口火が切られた。
「それでお尋ねの指紋の件で御座いますが、亜紀の通っていた会社の関係者など調べておりますが、今の所該当する人物は判っておりません。
しかしながらあれだけメモ帳に多くの指紋を残している事は事実ですから、何処かに亜紀を殺した犯人に繋がる人物が潜んでいると思われます。可成親しいか、それとも亜紀のメモ帳を奪った後で見たか、それとも亜紀の目を盗んで亜紀が奈良へ行っている行動を調べ、それで殺害に及ぶ計画を企てたか・・・」
「なるほど、そんな大層なものではないと思われますが、しかし謎である事は謎で、未だ誰か判明しないのもその類だと思われます。ご足労ですが更にお調べ下さいます様に。」
「しかしながら名古屋で一昨年の年末盗難に遭い、そして奈良で殺されていた女性も名古屋の出身で、盗まれた車の持ち主が通っている大学と殺された女性が元通っていた大学が交流があり、ナンパの舞台であった事も解かった訳で、何処かに繋がりが有るのではと思われます。
更に車の盗難に遭った教授が趣味にしている事が、殺された女性の趣味と殆ど似ていて、同じ奈良の吉野に出掛けていた事も共通している事も、何かありそうな気が致します。」
「偶然と言う事もあるけど無理にくっつけては捜査の邪魔に成ると思うから、ゴリ押しはいけないだろうから冷静にしっかり遣りましょう。」
「ええ、南本さんのおっしゃる通り一歩一歩ですね。」
二人の刑事は笑顔を作り名古屋を後にした。
「稲葉君、明日一番に和歌山の橋本へ行こうか?」
「はい南本さんが思うようにして下さい。私は一平卒だからお供致します。」
「それは可笑しいぞ。あんたが先頭を切って私を引っ張ってくれなきゃ。そうだろう?これからは私が一平卒に成らないと」
「とんでもない、まだまだですよ。南本さんらしくない。もっと教えて頂きたい事が山ほどあるのですから」
「いやぁ勘が鈍って来たな私も、やはり大きな怪我をした途端に弱虫に成ってしまって。前の橿原署の上司がね、南本は吉野へ行って療養の積りでゆっくりしてくれればいいからって言って下さって、それで吉野へ来た途端に、今まで吉野署では起こらなかった殺人事件が起こって・・・因果なものだねぇ」
「まだまだ引退は出来ないって事ですよ。弱気に成ってもいけないって事ですよ。警察は南本さんの様な人を求めているのですよ。その様に思いません?」
「わかった。褒められているのか、何か分からないが頑張るか!」
「そうですよ。」
翌日二人は和歌山県橋本市の紀見峠付近に車を停めていた。
「この辺で車が消えたのでしたね。」
「そう、峠に入った事は確認出来ているから、それからトンネルを抜けて河内長野市までの間のパトロールカメラに写っていないから、この場所から河内長野市までの間のどこかに車が隠されているか、それとも処分され解体されたか、とりあえず証拠を見つけないと」
「そうですね。これから河内長野市まで走りましょう。それで途中に不振な車両とか解体場所とかないかを」
「何処かへ隠してあるかも知れないからな」
「そうですね。ナンバープレートを外して」
「よし行こう」
トンネルを過ぎて下って行くと修理工場があり寄って見る事にしたが成果は無かった。只その後少し下ると車の解体工場があると言う事を教えて貰って、そこを期待しながら目指した。
そしてその場所に辿り着いたがシルバーのセダンなど影も形も無く気を重くしていたが、そこの主人が思わぬ事を口にした。それは同業者の妬みなのか、それとも二人が警察官であった事が原因なのか
「このごろ変な奴が同じ事を遣っているから困っているのだけど、俺たちの仕事を横取りしやがって、あいつらに関わったら怖いからな。何人かも分からないから。困るよな。」
「それはどう言う意味なのですか?」
⑱
「だからある日突然野原の様な所に小屋を立てて、車を触るのだから許可も何もあったものじゃない。あれでも良いのかって思うよな。何人か知らないけど。俺たちは儲からなくても税金も納めている訳だから、外人に同じ日本であんな事をされると困るよな」
「何をされているのですか?」
「だから車の解体、俺と同じ。」
「それで何処の国の方なのですか?」
「分からん。髭をはやして大きな体でおっかないからな」
「そうですか、何か違反が在れば私から河内長野警察署に言っておきますから。違反があればですよ。それで場所はどちらでしょうか?」
「ここからこの道を下りて行き七百メートルほど行けば交差点があるので、そこを右に上がる様にして行けば山の近くで草が生えている所で遣っているよ。
気をつけるんだよ幾ら警察でもおっかないから」
「分かりました。では行って見ます。」
それから二人は店主の言われた儘にその道を登って、草むらにブリキに囲まれた小屋を見つけた。
仮柱で電気が取られていて如何にも俄に出来た事が直ぐに分かった。
二人の外国人の男が黙々と作業をしていて、車の部品を取り外している最中であった。
聞けばそれをインド近くのスリランカや中東に送ると言い、既に随分前からこの商売をしている事も口にした。
流暢な日本語がそれを物語っていて話せば怖くなど無い事が二人の刑事の感じるところであった。
それで核心に触れる事にした。
「つかぬ事をお聞きしますが、此方で車を処分しに来た男が居ませんでしたか?トヨタマークⅡのシルバーのセダンなんだけど」
「いや来ていません。シルバーのセダンなんて知りません。」
「本当に?しかしその車で殺人が行われたから正直に答えて貰わないと。本当に知らないのですか?」
「はい。」
「では申し訳ないが捜査令状を持って大阪府警と合同で又来させて貰いますから。それで何も無いのなら大きな顔で商売をされれば良いのですから、ご協力頂けますね。何しろ殺人事件ですから。どうです?もう一度お聞きしますが、本当に知らないのですか?良く考えてお答え下さい。
日本では警察に嘘を言うと長い間禁固刑に成り、刑務所で暮らさなければ成らない事を知っておられますか?
今知りましたか?
我が国は治安の行き届いた国ですから悪い事は出来ませんよ。どうでしょう?」
「・・・・・」
「どうなのです?本当に知りませんか?貴方も・・・」
「わかりました。言います。実は九月の終わりごろ二人の女性が来て、車を処分したいからって言われて。その女性たちは『男友達が乗っていたけど余り調子がよく無いからって。それで売ってしまえばいいじゃないって言ったら、売ってくれていいからって成って、それで持って来たから買い取る事と成り、それでも動いていて調子も然程悪くなさそうだったから、それに本当の事情なんか俺たち知る必要も無いから・・・だから女の子が若かったから、鎌を掛けて二万円ならって言ったら、二万円で良いからって言うから、買う事にして直ぐに解体して部品にして直ぐに送ったけど」
「何処へ?」
「おそらく神戸に成ると思う。俺たちは尼崎に送ったけど」
「では何も残っていないの?バンバーとかシートとか?」
「ええ、全部処分しました。」
「それで車を持って来たのはどんな人だった?」
「小柄で見た目派手な女の子だった。」
「二人とも。」
「あぁ一人は少し大きかったかも。六十位かな、後の子は五十二、三、
それで二人に歩いて帰るのかって聞いたら、友達が待っているからって言って手を繋いで帰って行った。」
「どんな子?」
「歌手で言うなら、あぁ分からない。同じ様な子が多くて。とにかくまだ若い子だった。」
「まさか未成年?」
「いや、そうじゃないと思う。それに基本的にお金を急ぐ場合は直ぐに解体をする事、俺達のルールだから。」
「盗難車でも?」
「それは分からない。看板に書いてあるから、そんな人は絶対居ないと思っている。」
「なるほど。でも貴方たちが解体して尼崎に送った車の部品は盗難車だった事を言っておくから。
出来るだけ真面目にやってね。ここは日本だから。もう一度思い出して全く何も残ってないんだね?」
「ええ、意識して処分しましたから」
「そうなんだ。でも盗難車だったからな。」
「分かりました。これからは気をつけます。」
「では今日の所は帰るから・・・・」
「・・・」
二人はでこぼこ道を下って国道へ出た。
遣る瀬無かった。
名古屋木曽崎町の成瀬友則氏所有のシルバーのセダンは大阪河内長野の山林近くの草が生い茂った所に建てられた掘っ立て小屋で解体され部品として東南アジアか中東へ送られた後であった。
無念が二人の刑事の背中に圧し掛かっていた。
「いや待てよ!」
南本は気を取り戻したように車を再び山道に向かわせ勢いよく解体現場へ戻った。
「もう一度聞きたいのだけど殺人事件が起こった事を考えて真面目に答えて貰いたい。貴方たちが見た二人の女の子はどんな言葉を使っていた?」
「大阪の言葉ではなかった事は確かです。」
「ではどのような言葉?」
「判りません。でもなんとか「もんで」って何度か言っていた事を覚えています。送っていこうかと言ったら『彼氏が待っているもんで』とか最後に言っていました。節回しが少し違っていて、それは覚えています。」
「ありがとう。」
⑲
南本は直ぐに車を走らせてその場を去った。
「もんでと最後に言うのは名古屋の言葉と思う。間違いなく犯人は名古屋で暮らしているな。言葉遣いから見て」
「さすが南本さん凄いですね。あの強面の外人を黙らせて、更にびくつかせて、それで何もかもを聞き出すんだからたいしたものですよ。まだまだ頑張って貰わないと。私なら何も聞き出せないで尻尾を巻いて帰っていると思いますよ。」
「そうかな。私は稲葉君にけしかけられて今日は頑張った様なもの。褒め殺しにされた訳だな。」
「まさか。」
「女が名古屋の人なら男も名古屋だろうね。男が関西だなんて考えるより寧ろ近くで暮らす遊び仲間ではないかと思うな。つまり大学教授が車を盗まれた事も、今回の亜紀殺しも何か関係があるかも知れないと思えてくるね。」
「そうですね。全て名古屋の人が関わっている様ですからね。」
「分からないな。一体何が起こって殺されなければならなかったか・・・」
「南本さん、私今頃言うのおかしいかも知れませんが、あの解体屋のでかい男が髭ずらで強面だったのでビビッて仕舞って、それで今に成って気が付いたのですが、あのメモ帳に残っていた指紋の人物は、車を売りに来た女たちのどちらかではなかったかと思います。今頃気が付いて・・・」
「私もそれは判っていたが、彼らは紙に書く事など無いから指紋が残る事は無いと思う。契約書でも書いていれば判るかも知れないが、そんな事は考えられないからな。
何しろやばいと思う物は暗黙の内に即解体だからな。」
「そうですか。何かあると思ったのですが。何もありませんか?」
「車のドアでも残っていれば話は別だけどそれも処分したと言っていたから、でも考えてみて、あんな辺鄙な場所で車を売った事は名古屋の人間に出来る事じゃないと思う。誰か土地勘の有る者に聞きあの解体屋に行ったと思うな。間違いなくこの当たりに情報を提供した者が居るか、三人の中にこの地で生まれた者が居るかって事だろうな。」
「そうですね。女性たちは歩いてこの道を下った。でもそれから彼女らはどの様にして名古屋へ帰ったのでしょうね。この辺で泊まったのでしょうか?誰か友達が居る事は考えられないですか?河内長野に」
「よしっ徹底的に調べよう。一昨年の暮れ成瀬先生の車を盗んだのは同じ大学の生徒なら、或は当日共同でイベントをしていたもう一方の大学の生徒も考えられるね。とりあえず河内長野から来ている生徒を調べる必要があるね。それでもし車を売りに来た子と友達であるとか、その連れの男と友達であるとかと成ると一気に絞れますからね。」
「では又明日名古屋へ行こうか?」
「ええ」
「熱田署にお願いして双方の大学を探してみる事にしよう。」
「ええ、ねえ南本さん、とても若い女の子たちがあんな所へ行き車を売るなんて事可能でしょうか?男がいたとしても可笑しくないですか?若しかしてあの外人の店と繋がりがある誰かが居るのではないでしょうか?つまりあの店を張れば、出入りする者の中に鍵を握る者が居るのではないでしょうか?
もし、大学の仲間とか何かの仲間であの解体業者と親しくしていて、あの車の処分に困り、あの場所に態々行って車を処分した。そうでないと彼らの行動は、名古屋へ戻るには不思議な動きでしょう?」
「誰か繋ぎが有るかも知れないね。あの業者を絞れば何か出てくるかも知れないね。警察を舐めるなよ外人さんってことだな。」
「とりあえず名古屋へ行ってあの女の子が居そうな所を探しましょうよ。痕跡がある事を信じて」
翌日南本と稲葉は名古屋へ向かった。熱田警察署の吉村も小村も控えて待っていてくれた。
早速四人で二つの大学へお邪魔する事にした。
吉村と南本が愛知文化総合大学へ、他の二人は愛知学園大学へ、
そして早速在校生で南大阪出身の学生を名簿より見つける事が出来たのは愛知学園大学の四回生に友永淳と言う男が居て、たった一人だったのでとりあえず警察である事を告げて、絶対誰にも洩らさない様に事務長にきつく言った。
それは殺人事件の核心に触れると南本刑事は思ったからで、その事だけを聞き入れて大学を後にした。
もう一方の愛知文化総合大学に足を運んでいた稲葉と小村には何の収穫も無く警察へ戻っていた。
「とりあえず南大阪の生徒が居たからこの生徒を尾行致します。素行を調べていれば何かが出てくるでしょう。」
熱田警察署の吉村が『任してください』と大きな声で張り切ってその様に口にした。
南本と稲葉はその言葉に頷き
「お任せします。男とそれに女二人と出会うかも知れません。写真に撮って頂ければ大阪の解体屋で確認が取れます。勿論グルに成っている事も考えられますが、喝を入れて吐かせます。ここは日本ですから」
「そうですね。尻尾を掴んで見せますから。それにその女のどちらかがあの指紋と一致すれば尚の事ですからね、頑張ります。」
「お願い致します。」
それから一ヶ月が過ぎたが南大阪出身の友永淳は動きを見せなかったが、クリスマスイブに成って、まるでプレゼントをされるように粉雪が降る中で、友永淳が大学の寮から出て来てその足で女と落ち合った。
女は親しそうに友永淳に抱きついてその二人の様子は可成深い仲である事を意味していた。
女は一人だった。
その女が吉野山で車に乗っていた女かは分からなかったが、とりあえず吉村刑事は二人の後をつけた。喫茶店に入り意味深な表情で話し込んでいるかと思いきや、大きな声を張り上げて笑顔で友永が女の頭に手を回し抱き抱える様にして揺す振った。
女もそんな事をされながら決して嫌では無い様な表情でされる儘にしていた。 それから二人はあっけなく別れてクリスマスの夜には相応しくない男と女に刑事には見えた。
そして二人が別れ、友永を応援に来て貰った小村刑事に任せて彼は女を付ける事にした。
女はそれから仕事があるらしく慌てて電車に乗り込んで化粧をしていた。そしてその足で仕事場に向かった事が直ぐに分かった。
仕事場につき法被の様な服を羽織り、てきぱきと店中を走る様に動く姿が目に入って、そこはれっきとした派手な庶民派の呑み屋であった。
「いらっしゃい」と大きな声が響くその店で、女はそれから休む事無く動き詰めていた。深夜に成り仕事が終わりグタグタの体で女は店を後にした。既に深夜二時にも成っていて、おそらく八時間もの間働き詰めであった様である。
吉村は女が八時間の間動き回って働きづめで、その様に考えると『若さっていいな』と思う以外になかったのである。
女はそれから自分のアパートに帰り深夜の三時過ぎ頃には電気を消して深い眠りに付いたようであった。
名古屋市昭和区御器所通りのひなびた住処であったが、メモを取り熱田警察署へ戻ると小村も既に帰ったらしくメモが机に置かれていて、
『友永をつけましたが大学の寮に帰ったままで深夜零時には就寝したようです。』と書かれてあった。
⑳
吉村は心が踊る思いで女の住まいの見取り図を書いて鑑識に渡す事を考えた。
万が一女の指紋があの手帳の指紋と一致したなら、一気に解決に向うかも知れないと思うと血が騒ぎ心は焦っていた。
そして女の指紋は翌日の深夜女のアパートのドアの取っ手から取る事が出来たが、残念ながら右手ではなくほんの僅かの指紋しかわからない左手の指紋を採取したのであった。
「違いますね」
鑑識の情けない言い方が吉村の心を少しばかり砕く事と成った。
気を取り直して二人で再度友永の身辺を追う事にしながら、一方の女の仲間が指紋の主ではないかと考え小村刑事が担当して見張り続けた。
それから六日が経った時動きがあり小村は身を引き締める事となった。
女の御器所通りの住処に別の女がやってきたのである。
ドアを開けた途端女は意をあわせた様に笑顔に成ったが、その顔はとてもよく似ていて、まるで姉妹の様な風に小村には瞬時に見えたのである。
遣って来た女はその儘中へ消えて行ったが、小村は女が出て来るまで待つ事にしてじっと車で待機していた。
それから五時間が過ぎていたが、やって来た女が帰るようで、小村は溜息を付きながら目を擦って遣って来た女の動向を見守る事にした。
女を入り口に待たせて住人の女も身支度をして二人で出掛ける様であった。
女たちは駅に向かいやってきた女が乗った電車は、もう一人の住人の女とは全く逆の電車に乗ったので、小村は遣って来た女の後をつける事にした。
小村は車を道端に置いて来た事を署の者に伝え電車に飛び乗った。
女はそれから三つほど先の駅で降り、それから十五分ほど歩いて二階建ての家に消えた。
古びた家で、決してお金に恵まれている様な感じではなく、寧ろ朽ち果てて行く最中であるかの様な風情であった。
近くの方に聞けば女の家は父親の仕事が元的屋で大きい声で言えないが両手の小指は綺麗に無く成っていて、刺青も人並みにしている男であると口にしたが、それでも近所づきあいは良く好感の持てる男であると言う事であった。
元々四国は土佐の出で子供達が名古屋に来たことで後を追って来た様である。住んで居る家も借家で的屋仲間から譲り受けたものであると言う。
しかし父親は怒ると結構その筋の者と思わせる事もあり、寄らず触らず近所の者は付き合っているようであった。
そして男の嫁は既に他界していて僅か四十代で亡くなった様であった。
子供と言えば娘が二人で、姉が夜の仕事をしていて別に暮らして居るらしいと、そしてあまり姿を見た事もないと。
姉の方は既に嫁入りをする歳らしいと言っている。
ただ相当若い頃に男の子と同棲した事があり、子供が出来籍を入れたが直ぐに別れ、その子はキャンプに行って川で溺れ死んでしまった事があった様である。まだ十代の事で一歳ほどの子であったとか・・・お父さんが無職だから市が手助けをしてとか言っていましたよ・・・
小村は近所の人から多くの事を聞く事が出来て満足であった。
そして先ほどその古びた家に入って行った女と、電車で反対方向へ行った女が姉妹である事も当たり前の様に判る事となった。
女の名前は山田である事も表札から判る事となった。
御器所のアパートの女も表札など無いが姉妹である事を確信する事と成った。
署に帰るなり奈良県警吉野警察署の南本に電話を入れる事にした小村は、少々労いの言葉を言って貰える事に快くしていた。しかし甘かった。
判って来た事を全て伝えると南本刑事から、
「誠にご苦労様です。後は指紋ですね。それと運転していた男」と言われて、まだ登山に例えると二合目位なのかと気が重く成って来た。
翌日には早速女の家に張り込み出てくるのを待った。
女は朝早くから家から飛び出してきてバス停に向かっていた。
そしてバスで揺られた後プレハブの工場とその事務所がある所に入って行き直ぐに事務服に着替えて机に座った。
高山工務店と言う大きな看板の文字が目に入り、そこで働いている事が直ぐにわかったが、果して指紋をどのようにして早く取るかが問題であった。小村が頭に浮かべた事は近くの喫茶店に女を付け、手に持ったコップに付く指紋を素早く取る事を考えたが、それまでにはまだ時間がある。更に彼女が必ず喫茶店に行くとは限らない。そうこう迷っている時目に入って来たのは事務員募集の文字であった。
小村は直ぐさま事務所に入って行き尾行をしていた女性の目を見ながら、
「つかぬ事をお聞き致しますが今事務員さんを募集されているのでしょうか?」
「はぁ?今社長が来ていないので私では判りかねますが」
「そうですか。実は私の娘が仕事に溢れ困っているのですが、それでたまたま張り紙を見つけて」
「でも今は何とも言えません。あの張り紙が有効なのか」
「そうなのですか。では又お電話致しますから名詞でも頂けたらありがたいですが、駄目もとで此方から社長様にお聞き致します。」
「そうですか。では名詞だけですが」
「はいありがとう御座います。」
「どうぞ」
「はい。朝早くからいきなり押しかけて来て大変失礼な事で。」
「いいええ、チラシを張っているのは当社ですから構いませんのよ。」
「そうですか。そうおっしゃって頂けると気が楽に成ります。」
「さぁどうぞ名詞を」
「ありがとう御座います。」
小村は高山工務店を後にして内ポケットに仕舞った大事な名詞を戻るなり鑑識に渡した。その結果、あの吉野で殺された猪倉亜紀が持っていたメモ帳に可成の数で残っていた指紋と合致した。
早速吉野へ電話を入れ、指紋が名古屋市昭和区の昭和区役所近くで住んでいる山田美鈴である事を南本に伝えると、南本は興奮したような声で大げさに労をねぎらってくれた。
㉑
それで至急名古屋に飛んで来る事と成り、吉野山女性殺害事件は一本の糸で結ばれる事となった。 その女は山田美鈴と言ってまだ二十歳前の女であった。
メモ帳についていた指紋と合致した山田美鈴を熱田署はその日の夜署に呼びつけた。
「名は山田美鈴さんで十九歳だね。」
「はい。」
「貴女は平成二十四年九月二十二日奈良県の吉野山へ行ったね。」
「はい。その頃に・・・」
「それで何があったか正直に言いなさい。」
「・・・」
「言いなさい。」
「・・・」
「では誰と行ったか言いなさい。」
「姉と姉の彼と」
「姉とは呑み屋で働いている人だね。山田絵美さんだね。それに彼とは誰の事?」
「健三さん。」
「健三さんって?」
「白井健三さん」
「その方は何処の方?」
「名古屋です。大学生です。詳しい事は姉が知っています。」
「判りました。では貴女が吉野へ行って何をしたのか言えますね。言いなさい」
「・・・」
「言えないのですか?」
「・・・」
「では何故貴女がこうして警察に来なければ成らないか言いますから良く聞いてください。
貴女の指紋がついているある方のメモ帳が奈良県の下市町と言う所の吉野川に捨てられていました。
では何故その指紋に意味があるかと言いますと、そのメモ帳を前日まで持っていた方が殺されていたのです。何方かお判りですね?その方が・・・それで警察は躍起に成って犯人を捜していて、そのメモ帳に残された指紋を全部調べたわけです。
貴女の指紋と殺された方の妹さんの指紋と、そして本人のものと判った訳です。だから犯人の事をこの指紋の方は必ず知っていると思い、警察は躍起になって捜し続けた訳です。
あれから既に二ヶ月が過ぎやっと探す事が出来ました。貴女の指紋が付いているこのメモ帳はどの様に説明されますか?答えて下さい。」
「それは・・・それは・・・
それはたまたま目に入り私も旅行が好きだったのでチラッと見ると、奈良の吉野とか書いてあり興味があったのでしぶとく見た事を覚えております。
実は私は中学の二年の時林間学校で吉野へ行った事が在りとても懐かしく思えたので・・・」
「待って、どうしてこのメモ帳が貴女の側にあったのかそれは何故ですか?」
「いや判っているけど言えないのではないのですか?」
「さぁ・・・」
「わかりました。貴方に聞くのが無理なら貴女のお姉さんに聞かせて貰います。 お姉さんの彼氏さんは今は何処に居られるでしょうか?」
「多分大学の寮だと思います。」
「大学は何処の大学なのですか?」
「愛知文化総合大学」
「何学部?」
「そこまでは」
「本当にそうなの?」
「はい。その様に聞いています。」
「では調べます。」
「・・・」
「私は今易しく言っているけど正式に逮捕状が出て取り調べに成ったら、こんな生温い事は無いですから、だから今の内に言える事は何もかも言っておくほど良いですよ。色々聞くから。貴女が吉野で見たものは何?いや手を下したかも知れないですね。それって貴女の口から言って下さい。一体何が起こったか?」
「どう言う事かそれは私には分かりません。姉に聞いて下さい。」
「山田美鈴さん、貴女が今こうしてここに呼ばれたのは、殺される迄持っていた猪倉亜紀さんのメモ帳を殺されてから貴女の手に移り、それが吉野の川で落ちていたと言う事なのですよ。だから貴女は重要な被疑者と思われても決して不思議ではないのです。
しっかり思い出して何もかもを言って下さい。殺人事件なのですからお解りですね?」
㉒
山田美鈴は何も語らず黙ってしまった。自分ではどうにも出来ないのか心を閉ざして俯くばかりであった。
その日の夜に成って姉山田絵美が警察に任意で呼ばれ、遅れて白井健三も任意で連行された来た。
白井健三は愛知文化総合大学の生徒で山田美恵と良い仲である。
三ヶ月の追跡が功を奏して今熱田警察署には有力容疑者が首を揃えて取り調べを待っている。
吉野から飛んできた南本や稲葉も、そして吉村も小村憲親刑事も、固唾を飲んで一言一句逃さず耳を傾ける事と成った。白井健二に白羽の矢が立った
「それではお聞き致します。今日は事の次第によってはお帰り頂けないかも知れません。ですから余計な事を言いたく無かったならそれでも構いません。任意同行で来て頂いたのですから。しかしながら警察に来た以上は隠し立てはしない事を忠告しておきます。もしそれが判れば証拠隠蔽ですぐに逮捕状が出る事に成りますから正直にお答え下さい。
それでは先ず白井健三さん貴方は九月二十二日奈良の吉野へ行って居られましたか?」
「はい。」
「それは何方と?」
「彼女とその妹と。」
「その方の名前をお聞かせください。」
「山田絵美と山田美鈴です。」
「吉野へは何をしに?」
「ぶらっと、気が向いたから。それに妹が行きたいと言ったから」
「どうして行きたいと?」
「何か前に行った事が有り楽しかったからと」
「それでどのような方法で行きましたか?」
「友達の車を借りて」
「友達の車?それはどのような車で?」
「シルバーのセダンで車の名前は・・・今は分かりません。」
「その車は間違いなく友達の車ですか?」
「はい、その様に思っております。」
「どうして借りたのですか?」
「先輩が、車検が切れるから今の内に乗っておくと良いからって、十月に成れば乗れなく成るからって。それで廃車にすると言われて」
「だから貸してあげると」
「ええ、それで帰りに知り合いの車の解体屋に渡す事が条件で。それって和歌山に近い河内長野って所で、帰りは皆で駅までバスででも帰ればって言われて」
「それでバスで帰ったのですか?」
「ええ、車を売れば幾らか貰えるからって、それで売ったら二万円貰ったので、それで帰りましたタクシーにも乗ったけど十分間に合って」
「どうしてその様な所で売る事に?」
「だって友達の家が近くにあったから。住所は同じでしたよ。友達の家がある所と」
「その友達ってまさか友永淳」
「ええ、知って居られるのですか?」
「判っていますよ」
「彼は一年上で仲がいいです。だから気持ち良く車を貸してくれて。実は十月には車が乗れなくなるから貸してくなかったと思いますよ。でも俺だから貸してくれたのだと思います。」
「でもねぇその車は盗難車なのですよ」
「うそー、まさかー」
「本当です。持ち主を言いましょうか」
「でも友永さん何時も乗っていたから」
「本当に?」
「ええ二年ほど前から」
「本当?」
「でもなんかおかしな事があり、実はこの前吉野へ行くとき車を借りたのだけど、何時もとナンバーが違う様な気がして、それで聞いたら「そんな事無いよ同じだよ」って言われて、両方同時に見た訳じゃないから、それに何時もそんな事気にしていないから」
「ナンバーが違っていたのだね?」
「そう思っただけですが」
「それで貴方は吉野へ行き何をしたのですか?」
「何ってあのことかな?・・・だから俺狭い坂道で女性を撥ねたって言うか、突き当たったって言うか、あの人も又なんかふらついたような歩き方をしていて、おのぼりさんみたいで、それで軽く打つかってしまい少しトラブルに成ってそれで」
「それでどうしたのです?」
「大丈夫です。私が悪いのですからぼんやりしていて・・・」と彼女が言ったけど、でも心配で、そこが狭かったし後ろから車も来ていたから、とりあえずその人を乗せ車で広場まで連れて行き様子を見ようとしました。
痛がっていたので気に成って、でも血が出ているとかそんな事何も無かったから、とりあえず女性たちに飲み物でも買って来てくれって言って、
二人が歩いて降りて行って居なくなって、それでまだ痛まないかと思い、その子の腰に手をやると
「変な事しないで下さい」って言われ、それでも気に成ったから更に腰に手を回したら、その子が持っていたバッグで俺の顔を思い切り殴って来て、俺ムカッとしてその手を押さえようとしたら更に俺の顔をバッグで殴り続けたので、俺訳がわからなく成って、女の子が着ていた服を思い切り掻き毟る様にしてしまい、女の子の服が少し破れて下着があらわに成り、俺どうしたら良いのか分からなくなって「ごめん」って言った時二人が帰って来て、絵美が俺に「バカ!何しているのよ」って言ったけど俺まるで変な気など無かったから、心配だっただけだから」
「では絵美さんそれからの事貴女が言ってくれますね。」
「いいわ、健三が顔色を失くしていて、何が在ったのか分からなかったけど、でも健三があの女に何かをしたのは間違いないと思って私腹がたって健三を攻めようとしたの。
でも健三が「俺が悪いんじゃない」って言って「じゃあ何故こんな格好をしているの」って聞いたら「この人が暴れて」と健三が言ったから、私その女に「そうなの本当の事言って?」って言ったら「この人が乱暴しようとしたと思ったから私恐くて」と言ってそれで「健三が貴女を襲ったの?」って言ったら「いえ、そうじゃないかも知れないけど」って、だから私着替え持っていたからこれで好かったらって言ってその場で私自分が持っていた服を入れた袋をその時渡したの。」
「服以外に何も渡さなかった?」
「若しかすると全部渡したのかも知れないわ。上着もズボンも何枚も持っていたからはっきり覚えていないわ。」
「それでその女性をどうしたの?」
「どうって?」
「だからその後殺されたのだから。誰かに」
「待ってよ。私知らないから。だってあの人あれからぐずぐず泣かれたから、車から降りて草むらに行き、誰も居ない事を確認して着替えを手伝ったのよ。とりあえず服を」
「下着は?」
「知らない。そんな事までしないわ。」
「それでその子の機嫌を取り、車と接触した事も大した事もなかったから誤って、事が収まったように思えたから、彼が送り届けたのよ。私と妹は夕陽が綺麗だったからそれに折角買ってきたコーヒーをまだ飲んでいなかったから、その場で待つ事にして綺麗な山並みを眺めながら休んでいたわ。」
「では白井健三さん貴方それから殺された猪倉亜紀さんを車で何処へ連れて行ったのですか?」
「いえ、暫く走り出すとあの人『降ろしてほしい』と言い切ったので又変な事に成ってはいけないと直ぐに降ろしました。彼女はそれから坂を下って行きましたので、俺車をUターンして二人の元へ帰りました。」
「直ぐに?」
「ええ、直ぐに」
「そうですか?今白井さんが言った事に間違いがありませんか?」
「そうです。コーヒーがまだ可成残っていましたから」
「それで貴方が車から降ろした猪倉亜紀さんは下へ下って行ったって言いましたね。それは誰かが見ていましたか?誰かが道を歩いていませんでしたか?もし居られたのならその特徴を言って下されば我々で捜しますが・・・どうです?」
「いえ誰も居なかったと思います。気が付きませんでした。」
「でもねぇ誰かが見ていたのなら貴方が白と成るのですよ。変に疑いを掛けられる事が無いのですよ。しっかり思い出して下さい。」
「いえ、居なかったと思います。急に車を止めてくれと言われましたのでバッグミラーもきちんと見ましたが、当然前も見て確認しましたが居なかったです。」
「それでは貴方は今日は帰れないと思います。
何処で降ろされたのですか?はっきりした場所を行ってください。あの人が泊まる筈だった旅館の吉野荘までは大分距離があります。何か隠しているでしょう?大変重大な事を」
「いえ、」
「でも貴方はあの人が最後に関わった方となると、知りませんでは済まないですよ。」
「そんな事言われても」
「所で貴方が車を借りた方は先輩の友永さんですね。」
「はい。」
「今日車の窃盗で全国に指名手配して貰いましたから直ぐに捕まるでしょう。 貴方はまったく知らずに借りたと言って居ますが、それも友永が捕まれば直ぐに真相が判ると思います。何か言いたい事は有りませんか?」
「でも俺そんな事知らなかったから。車を借して貰えて感謝しているのですよ。もし盗難車なら断りますよ。だって検問でも在れば直ぐ判るのでしょう盗難車って事が、そんなの困りますよ、俺も・・・」
「でもしっかり思い出してください。今度は山田美鈴さん妹さんにお尋ね致します。美鈴さん、貴女の指紋が一杯付いた猪倉亜紀さんのメモ帳の件ですが、今と成っては話して頂くほど楽ですよ。お姉さんも来てお姉さんの彼氏も来ているのですから話して頂けますね。
それで亜紀さんのメモ帳に貴女の指紋が可成付いていたのはどの様に説明出来ますか?」
「じゃぁ話します。あれから三人でホテルに入りました。ところがその時車を降りる時です、あの人の物と思われるバッグが落ちていて、それで二人に相談したら健三さんは放って置いたらって言うし、姉も構わんでも良いからって、でも気に成ったから部屋に持って帰り中を見るとメモがしてある冊子があって、そこに吉野の事が書いてあったので、私中学生の時林間学校で来ていたので気に成って読んでいたのです。
㉔
だから指紋は至る所に付いていると思います。翌日事件の事など知らず吉野から和歌山の橋本へ行く様でバッグの事を皆に相談したら、
「そんな物棄てれば、でもややこしくなってはいけないので中身を全部貫いて何処かで棄てれば」と言われ、それで吉野を出て走り出したのですが、道が狭くなんだか酔いそうに成って、バッグの指紋はスカートで拭いて他の物は全部コンビ二でも棄てる積りで、それで広い道に出て、気が晴れたのか、窓を開け思い切りそのバッグを外へ棄てました。大きな橋に成っていて川原に飛んで行く様に棄てました。
でも吉野の事を詳しく書いた冊子はおそらくバッグの横の小物入れに入れ、抜くのを忘れたのだと思います。それでバッグを棄てる時鷲摑みして投げたので、バッグが歪に成って隙間が出来くるくる廻って飛んで行ったからバッグから飛び出したのかも知れません。
まさか殺されている事など全く知りませんでした。」
「どの様な事を書いていたか覚えていますか?」
「はい、柿の葉すしに挑戦したいとか書いていました。」
「それで貴方方はホテルへ泊まった訳ですね、あの夜は?」
「ええ、《ホテル帝》に泊まりました。それで朝には吉野を離れて和歌山から大阪へ行きました。」
「では何時吉野へ行かれたのですか?」
「二十二日の朝名古屋を出て昼頃に着いてそれで態々ケーブルとか乗ったりして名所を見て終日散策しました。楽しかったです。」
「何方が吉野へ行こうと言い出したのですか?」
「妹の美鈴ちゃんと俺です。友永先輩が車を廃車にしたいからって言って、それで実家の近くの業者ならお金を貰えるからって、その話に乗ったって訳です。遊んでお金儲け出来そうだったから。」
「貴方は本当にあの車が盗難車であった事を知らなかったのですか?」
「はい知りませんでした。」
「ではその事はその内友永が逮捕されれば判るでしょう。この方は、此方は奈良の吉野警察署の南本刑事です。これからバトンタッチして質問しますからしっかり答えて下さい。」
「南本です。どんな事があっても我々は犯人を逮捕致しますからご協力お願い致します。それでこれから時間も遅く成りましたので私は白井さんを、それに山田さんのお姉さんは吉村さんと小村さんで、妹さんもお願い出来るでしょうか?出来れば別々の部屋で何なら内の稲葉もお使い下さい。」
判りました。では向こうの部屋へ行きましょう。」
「白井健三さん、では始めさせて頂きます。お疲れの所申し訳御座いません。しかし一人の女性が殺されたのですから、僅か二十六歳で、しかも婚約までしていて来春には結婚式も控えていたのですから、家族の事を思うと察しあまるものが在ります。お気の毒で。今の時点で貴方が一番犯人に近い存在である事はお解りだと思います。
だから貴方の立場はどんな事があってもやっていない事を証明しなければならないのです。何しろ亜紀さんが亡くなる前まで接触していた人ですから。それで同じ質問に成るかも知れませんが、お聞き致します。同じ質問なら答えるのも容易いと思いますからご勘弁下さい。真実は一つですから。もう一度貴方が亜紀さんと出会った時の事をお話下さい。」
「はい、吉野山で上の方へ車で走って行くと辻があり、可成カーブで坂がきつかったので思い切り登りました。
ところがその先でふら付く様に歩く女性がいて、微かに車とその人の腰の辺りが触れたと思いました。 ぶつかったとは思いませんでしたが、だから気に成り道も狭く坂がきつかった事もあって、更に後ろから車が来ていたので、車にとりあえず乗って貰いました。上に行けば何処かで広い所があると思い、後ろの席には美鈴さんが乗っていたものですから女性同士でそれで安心したのか乗ってくれました。
上に着き体の具合を聞き、とりあえずびっくりしましたので飲み物でもと思い女性たちに買いに行かせました。途中で自動販売機があった事を覚えていましたから。それで車から降り後ろの席に居たその女性の腰に手をあて、何もおこっていないかと聞きました所、びっくりした様に「触らないで」とか叫んでバッグを振り回したと思います。
それが俺の顔にまともに当たりムカッとして更に大丈夫ですかとか言って触ろうとしたと思います。そしたら暴れる様に俺をバッグで殴ってきて取り押さえる時にブラウスか何かが破れて下着が見えるまでに成り、その時女性たちが帰って来て絵美が怒り出したわけです。
俺に「ばか!何しているのよ」っと俺を睨んで、でも俺が何かをしたのではなかったので、その事を言うと今度は女に『どうなっているの』とか聞いた様に思えます。それで納得行ったのかその女も落ち着いて、それから破れた服を草むらへ絵美と一緒に隠れる所まで行って着替えたようです。 それで俺が、大きな怪我も無かったから下まで送って行くと言って車を走らせたのですが、暫く走ると女が「降りたい」と言って歩きながら坂を下って行きました。それだけです。」
「判りました。所で貴方たちは名古屋から吉野まで行ったわけですが、何方が言い出したのですか?」
「俺です何となく・・・妹の美鈴も大賛成でした。確かさっきも言った筈です。」
「ええ、確認です。貴方と絵美さんは奈良へ来たかったのですか?」
「それは美鈴ちゃん程でもないですが、それに大阪に来る目的があったから重なった訳で問題は無かった筈です。みんな気持ちよく行った事は確かです。」
「車を借りるのは今が初めてなのですか?先輩から、友永さんでしたね。」
「いえ何度か。」
「それで乗せて貰った事が今まで何回かありましたか?」
「はい、確か数回」
「それでナンバーが可笑しかったとおっしゃいましたが何が可笑しかったのですか?」
「なんか違っている様な気がして」
「何処がですか?」
「何処って事はないですが同じ数字が並んでいた様な気がして、でも俺の勘違いかも知れないし・・・」
「いえ、照会した所確かに同じ数字が並んでいます。」
「それって?」
「だから友永はナンバーを二通り用意していたのでしょう。それで殆どの時は登録したナンバーをつけていたのでしょう。」
「では何故俺が乗る時にナンバーを変えたのかな?」
「それは廃車して直ぐに解体する事を頼んでいたからです。河内長野の業者に」
「俺利用されたのかなぁ?」
「まぁ車の事は直ぐに何もかも判るでしょう。でも貴方はそんな事より白である事を示さないといけないですよ。」
「だったら質問して下さい。俺答えますから」
「だから亜紀さんを車から降ろしてから、亜紀さんがどうなったかを考えて下さい。」
「でも俺には分かりません。あれからどの様な行動をとったかなど」
「では今日はここで泊まって貰います。じっくり考えられるでしょう。女性二人にも泊まって貰います。 犯人では無いと言う確たる証拠など無いのですから」
「そんな馬鹿な。笑えますね。」
「でも貴方は、初めから気に成っているのだけど実に落ち着いていますね。
歳を考えた時落ち着き過ぎですなぁ。その自信は何処から来ているのですか?
私は刑事を三十年近くしています。以前にも同じような例があり、結局その人は殺人を犯していて最後は落ちましたが、今貴方と話していてその人の事を思い出しましたよ。過去に犯罪を起こして捕まらなかった時は、大きな自信が付く様で、幾ら刑事を長年していても五里霧中に成ると言うか盤根錯節に捉えてしまいますからね。いやぁこれは難しい言い方をしてしまった。」
「それって俺がやったような言い方ではありませんか?気分が悪いですね。」
「でも遅かれ早かれ思い出して貰わないと、何もかもを、帰れないですよ。」
「だからと言って俺には何も言う事なんか無いです。」
「本当にそうでしょうか?」
「ええ」
「つかぬ事をお聞きしますが貴方方は三人でホテル帝に入られたのは何時ごろでしたか?」
「六時過ぎだと思います。日が落ち始めて暗く成りかけていたから」
「それで三人でそれから食事をして部屋の中でくつろいで眠ったのですか?」
「ええ、夜になれば所詮田舎退屈な場所です。名古屋とは違います。だからカラオケをしていました。」
「それは何時ごろまで?」
「さぁはっきり覚えていませんが部屋に戻ってテレビを付けると既にスポーツニュースが終わっていて、がっかりでしたから十二時前に成っていたと思います。」
「その間みんな一緒だったのですか?」
「はい」「間違いないですね?」
「はい。俺お腹の具合が可笑しく成ってそれでトイレで何分間は入っていた事は在りましたが、あれってあわせ柿とか食べたからお腹の調子が変わったと言われました。でも美味しかったから三個ほど食べましたから」「どんな風に調子が悪くなったのですか?」
「ええ、何か便秘気味に成って笑われるかも知れませんが三十分ほどトイレで頑張っていたかも知れません。」
「三十分も?」
「はい、はっきりは覚えていませんが苦しくってお腹が痛くって」
「それで痛みも収まって眠る事にしたのですね。女性二人は?」
「まだやっていましたカラオケを。だからそのまま寝たのではなく心配掛けても可哀相だから又カラオケを一曲だけでしたが付き合った事を覚えています。
それからお開きに成り他のお客さんも解散して、ホテルの決まりの通り十二時で終わった筈です。俺は時間の事など知りませんでしたが女の子たちが言っていましたから。」
「それで部屋に戻った訳ですね。」
「はい。三人一緒だったから」
「妹さんも同じ部屋で?」
「勿論ですよ。俺たちは長いから平気ですよ。」
「つまり妹さんが一緒にいても平気で」
「平気で絵美とやるって事ですか?それは無いです。そんな時は遠慮しますよ。」
「そうでしょうね。それから朝まで眠り続けていたわけですね。」
「はい。」
「間違いないですか?朝まで、それは何時頃までですか?」
「さぁわかりません。八時だったか九時だったか」
「間違いないですね?」
「はい。」
「くどいですが、外へ出られた事は一切無いのですね?」
「在りません。」
「所で今現在緊急で友永淳を指名手配して緊急配備をしていますから、捕まるのは時間の問題だと思います。それで車を窃盗した罪で逮捕と成るのですが、その時友永が貴方が何もかも知っていて、今までから車を使っていたとか、今回も貴方が盗んだ車である事を承知で車を貸してあげたとか自供したなら、貴方も大きな罪に成る訳です。判りますね。共犯なのです。だからこの件だけを考えても暫くはここで泊まって頂く事に成りますね」
「解かりましたが、俺は知らないから関係無いから答えようが在りません。弁護士とかこんな時居ないのですか?」
「それは又考えて下さい。貴方の力で。 相談に乗る方も居られますので今日はこれ位にしますが、よーく考えて言わなければいけない事を明日朝から全部言って下さい。今貴方に言った事は女性たちにも同じ嫌疑が掛かっていますので泊まって戴く事に成ります。それで口裏を合わせられては困りますから別々に泊まって貰います。」
翌日南本刑事は姉の絵美に質問を浴びせていた。
㉕
「貴女がですね、亜紀さんの服が破けていてそれで彼氏の白井が変な事を企んだと思った訳ですね。要するに乱暴しようと思ったと。」
「ええ、だから腹が立ってムカッと来て、私に飲み物を買わせている間に。でも女が健三をバッグで殴ったと言ったからそれは腰を触って来て恐く成ってって、それで健三も腹が立ったのか又女を押さえようとして更に争う様に成って服が破れて、あの人と着替えながら聞いたらそう言ったから可哀相に成って、それで私の着替えをあげた訳。確か服を着替えて、それであまりズボンと合わなかったからそれを履いてくれたらいいよって言って、私は妹の所へ行って健三と三人で話していて、それで健三に「送ってあげたら」と成って彼が送って行った訳。
私と妹は買って来たコーヒーをそこで飲んでいたわ。話しながら景色も綺麗だったから」
「それではこの写真を見て下さい。これは貴女のですか?」
「良く似たのは有るけど違うわ。だってこんな所が刺繍に成っているの?幾ら私でも履けないわ。どんな女と思われるかも解からないから。刑事さんの娘さんもこんな下着つけていたらどう思います。びっくりして・・・そうでしょう?」
「つまり貴女のではないって事だね。」
「ええ」
「服は貴女の物で有る事は確かだね?」
「ええ」
「だからあの人は着替えた自分の物を持って帰り、バッグを持つのを忘れたのかも知れないわ。それで妹がホテルで車から降りる時に見つけた様だから。」
「戻してやろうとか思わなかったの?」
「私は思ったけど健三があの人の事をあまり良く思っていなかったから、あんな事に成ったと思うわ。面倒だったのでしょう。気を使ったのに殴られて」
「それで貴方と妹さんと白井と三人で翌日車を売りに行った訳だ。河内長野まで行って。」
「そう、でも車を売りに行ったのは私と妹だけ、健三は何処かで居たと思うわ。バス停のベンチだったかな」
「何故二人で売りに行ったの?」
「だって健三がそう言ったから。話は付いているからって。」
「その時亜紀さんの持ち物を車から降ろした?」
「いえ、その儘にしていたわ。コンビニで棄てる積りだったけど忘れていてそのまま車を渡したから」
「携帯とかあっただろう。サイフとかも?」
「いえサイフは無かったけど携帯があって、妹が気が付いた時に健三に言ったら何処かへ捨てたと思うわ。帰り道で何処かへ。橋を渡るまでに」
「バッグを棄てるまでにだな。悪い事をするなぁあんたらは。白井にも言ってあるが、あんたらが乗っていた車が盗難車である事を知って乗っていたなら罪は重いからな。今日にでも車を盗んだ白井の先輩の友永淳が逮捕されれば何もかもが判るからな。」
「知らないわ私は。そんな事」
「健三は知っていたかも知れないじゃないか?」
それはわからないけど」
「所であんたらは事件のあった夜どの様な事をしていた?」
「吉野のホテルに泊まった日ね。私達はホテルへ入ってそれからお風呂に入り食事をして、それから九時ごろだったかカラオケが出来るって成ってそれで行って居たわ。それで可成遅くまで十二時近くまでしていたわ。そうそう十二時で終わって下さいってホテルの方に言われてそれで止めたと思うわ。」
「三人は何時も一緒だった?誰かが抜け出したとかなかった?」
「あったわ。健三が居なくなった事が、でもあれって健三がお腹を壊してトイレで苦しんでいた筈よ。
あの人ね、昼前に吉野へ着いた時、合せ柿って言うのを買ったの。それで美味しくて何個も食べてお腹がおかしく成って苦しそうにしていたわ。」
「それでトイレに行くって言って、どれ位経ってから戻って来た訳?」
「可成、あの人部屋に戻っていたかも知れないわ。一時間近くだったか、可成経っていたわ。」
「三十分位じゃなかったの?」
「それ位かも、でも測っていたわけじゃないから判らないわ。」
「外へ出たりしなかった?」
「ええ、全く誰も」
「健三さんも?」
「解からないけど、お腹を痛めていたからそんな事出来ないと思うわ。」
「でもはっきりは分からないのだね。」
「ええ、だったら健三に聞いてみて。そんなまどろっこしい事言うより」
南本は必死に問い詰め三人が当日どのような動きをしたのかだけは知る事が出来たが、それ以上の事はまだまだ明白ではなかった。健三が何となく吉野行きを言い出した事は確かであったが、それだけの事で後は美鈴と絵美が仕切っていたようである。 そしてその日の深夜に成って愛知県警に指名手配されていた友永淳が逮捕される事となった。
「友永淳だな」
「はい」
「お前さん平成二十二年の十二月二十五日車を盗んだな。車の種類はトヨタのマークⅡでシルバーのセダンだな?持ち主は愛知県木曽崎町の愛知学園大学教授成瀬友則氏の所有の車を、同日愛知文化総合大学の駐車場で盗んだな。間違いないか?」
「はい間違い御座いません。」
「どうして大学の教授のような車を盗んだのだ。馬鹿な事をしたものだ。愛知文化総合大学と交流を重ねて親睦を図ってていた愛知学園大学の先生の車など?どうして盗んだ?」
「・・・」
「言って見ろ」
「あの先公は単なるスケベ親父だからさ。俺たちが頑張って一生懸命準備をしてイベントにこぎ着けたのに、あの男は態々文大へやってきて手前の大学の男子に美人局のようなことをしやがって、余計なことをエロ爺が、俺たち文大の女子が売春婦にでも見えるのか、それとも唾を着けている子が居るのか知らないけど、とに角スケベなおっさんであんなの来なければいいのに。
まるで女あさりだあの男の考えは。第一文大の女の子だってあの男のことを胡散臭って言っているのに。だからあの男強かに我々の邪魔をするから、俺そっとキーが付いていたあの先公の車を動かして困らせ様として、全く違う所で停めて置いて、そのまま忘れていて思い出した時は既にイベントが終わっていて、車はそれから近くに空き地があったからそこに停めていた訳。」
「しかし警察に盗難被害届が出ていたから誰も気が付かなかった事は無いだろう?何か嘘が混じっているのではないのか?」
「いえ、言った通りです。それからお正月田舎へ帰って修理屋でナンバープレートが何枚もあるのを見て、それでその中から法的に問題ない奴を選んで貰って、付け替えて、それで今まで乗っていました。
この前健三が車を乗りたいと言ったから調度廃車にしたい事もあって、タイミングよくあいつに頼んで処分して貰った訳です。売れたお金はあいつにあげる事で態々大阪まで行って貰う事と引き換えに頼んだのです。」
「それで修理屋と言うか解体屋に頼んだ訳だな。」
「俺たちの大学は殆どが女子だから、愛知学園大学とイベントをする事はお互い刺激に成って妙味を引く事でもあの先公は嫌な男だったな。
女子と話が弾んで来たら何処からか匂いをかぎつけて話しに割り込んで来て邪魔するんだから誰もが嫌がっていたよ。
だからあの男の車がなくなったって大学で騒いだ事があったけど、俺知らん顔して黙っていたよ。草むらに隠して田舎に帰ったから。その内あの男新しい大きな車を買ったって聞き、良い気なものだと思った事があったな、それだけ」
「でも窃盗は罪だからな。これであんたの四年間が無駄に成り、就職も出来なく成る訳だから、大きな意味がある事を解からないと、何の為の大学かと、豚箱の中でじっくり考えなさい。」
「・・・」
「それであんたから見て白井ってどんな男なんだ?教えてくれないか?殺人の容疑が掛かっているから真面目に答えてくれるかな。」
「いい奴ですよ。俺から見れば、だからあの車も貸してあげたし、それにあいつが付き合っている絵美ちゃんの妹の美鈴は俺が付き合っているから兄弟の様なものだと思っている。」
「それなら美鈴さんに悲しい思いをさせてなんとも思わないのか?」
「いや今と成っては思うけど、でも付き合い始めた時は既に車を盗んでいたから」
「つまり美鈴さんを連れてその車でデートをした訳だな。いい気なものだ。」
「したけど、でも美鈴はそんな事知らないから」
「実はその様に成っているだけで何もかもを知っていて解かりつつ乗っていたのではないのか?」
「いえ、俺はそんな事一切言った事は無いから、もし言っていたらあいつも罪があるからね。そんな事言わないよ。」
「そこまでわかっているんだ。大阪の両親が泣いていると思うぞ。馬鹿な事をして」
「・・・」
「今回白井たちが吉野へ行きたいって言ったのは何時だったか言ってくれるかな?」
「おそらく九月の初め、俺調度車の処分を考えていて、何故なら就職先が内定したからやばい物は持っている訳には行かなかったから、それで実家の近くの解体屋に頼もうと思い、何故ならナンバープレートも処分して貰いたかった事もありそれで・・・」
「あの解体屋は何処の国の人かな?」
「おそらく中東とかインド界隈とかその辺だと思うよ。」
「日本語は可成出来るようだけど」
㉕
「ええ、あそこに来るまでは関東の方でやっていたらしいから日本へ来たのはもう随分前だと思う。日本語で何もかも解かるから。それに結構悪い事もしているかも知れないけど、彼らだって生活が掛かっているから大変だって、警察の人に言っても仕方ない事だけど。」
「しかし法律は誰でも破って良い人は居ないからね。」
「俺どんな刑に成ります?」
「重いよ。覚悟しておいて」
「だったらあの教授なんかは、愛知学園大学の俺が車盗った・・・あの男なんかは女子を食い物にしているかも知れないな、そんな気がするよ。それにそんな噂も耳にした事があるから」
「あんたが言う事じゃないよ。そんな事は」
「でもセクハラとか教授の地位を利用して、いやそれ以上は言わないでおくよ」
「言いなさい。聞いてあげるから」
「嫌だよ。色々噂あるんだけどなぁ」
「まぁいい。無い事を言われても構っているほど警察は暇では無いから」
一方ほかの取調室では、
「山田美鈴さん貴方と友永とはどのような仲ですか?」
「お付き合いしています。お姉ちゃんが健三さんと付き合っていてそれで健三さんの先輩の友永さんとも何度も会う様に成って、いつの間にかお付き合いする様になりました。」
「それでドライブに行ったりデートをしたりカラオケに行ったりしたんだね。」
「ええ」
「彼の車で?」
「ええ」
「そこで聞きたいのだけどあの車は誰の車と貴女は聞きましたか?」
「誰のってそんな事聞いた事ありません。」
「でも車買ったのとか聞かなかった?」
「ええ、だってお付き合いした頃は既に車に乗っていたから、そんな事気が付きませんでした。だから当然彼の車だと思っていました。」
「そうですか。解かりました。友永さんは大学を出ると何処かへ就職する予定だったようですが、何処かとか聞いて居られますか?」
「ええ、彼は文化系なので何とか何とかって言っていました。はっきりわかりません。」
「でも残念ですね。これで内定も打ち切られる事になる訳ですから、前科が付きますから。何故車を盗ったのか、そんな事する人だと思いますか?」
「いえ、解かりません。」
「解かりませんっておかしくありません。そんな事絶対しないって言うのが普通でしょう。好きな人なら」
「でも解からないのは結構乱暴な事をする人だから」
「乱暴な事を、それは具体的にどの様な事を?」
「だから車で犬を平気で跳ねたりする人でした。」
「犬が飛び出して来て」
「いいえ、わざと撥ねに行った時がありました。
何か大きな声を出して笑いながら。私思い出したくないです、もうこんな話止めます。」
「そんな男ですか?二面性があるのかな?素直な様に見えますが」
「だから車を盗ったのならそんな部分が表に出てやったのかも知れませんね。」
「今でもあの男の事が好きですか?こんな事件を起こして貴女を二年も騙していたようですが?」
「解かりません。この様な話をすると言う事は、既に冷めたものがあるのかも知れません。」
「成程ね。忘れる程良いかも知れませんね、あの男は。では健三さんはどの様に思っているのですか?お姉さんの彼氏だけど?」
「考えた事もありません。姉ちゃんと仲良くやっていますから。私が何を思うとか意味ありませんから。問題は健三さんと友永さんの仲がどの様に成って行くのかそれほど気に成ります。」
「友達だから」
「ええ、それに私にとって彼氏だから」
「美鈴さん一度お聞きしたかも知れませんが、貴女とお姉さんと吉野のホテルであの夜カラオケをしていて、それで健三さんがお腹が痛く成って部屋から出て行きましたね。それでその後どれ位で戻って来たのか覚えておりません。もう忘れましたか?」
「はっきりしませんがだいぶ時間が経ってから戻って来たと思います。どれ位だったのかは判りません。他のお客さんも居られましたからそちらが気に成って。私カラオケ結構自信があるから気合が入っていて・・・」
「解かりました。無理に言って頂いてもいけませんからね。その夜はそれから皆眠ってしまったのですね。誰も外へ出る事もなく」
「はい、寝たと思います。多分私が一番先に眠ったと思いますから何も分かりません。」
「健三さんに何か変わった様な所が在りませんでしたか?」
「解かりません。お腹の調子が悪かった様で元気が無かった様な気がしましたが、お姉ちゃんが心配していた事を覚えています。」
「解かりました。」
南本刑事と稲葉刑事が名古屋を後にしたのは丸二日が過ぎてからであった。 遅くまで取り調べをしていたのでぐったり疲れが溜まっていた。電車に乗って直ぐに何も話さず眠りに付いた事でも分かった。
三人を追い詰めながら確信に至らない焦りが二人の刑事の心に圧し掛かった。
それは熱田署の吉村刑事や小村刑事にも思う事で、白井健三がホテルで泊まった夜犯行に及んだ可能性があったが、核心に踏み込めないもどかしさに苛立っていた。どうして白井のアリバイを崩すのかを考える事すら頭が痛く成るばかりであった。
翌日名古屋の吉村たちは大学の寮に行き友永淳の部屋の家宅捜査をしたが、何一つ犯罪に繋がる物は出てこなかった。
それでも刑事たちは白井健三があの夜ホテルから抜け出して犯行に及んだ事が間違いないだろうと読んでいたが、突破口になるものは何一つ無く、落ち着き払った白井の態度に成す術も思いつかなかったが、それでもいつかは何かが開けるのではないかと翌日も白井に詰め寄っていた。
その間に河内長野の解体屋も逮捕状を出して家宅捜査をする事と成ったが、猪倉亜紀殺害に繋がる物は全く無く、他の違反などで検挙にまで至らず、書類送検で厳重注意の範囲であった。
吉野警察の南本と稲葉は焦っていたのは、拘留した三人を野に放さなければならないからで、それで又気分を入れ替えて名古屋へ向かった。
白井健三は犯人以外の何者でもないと思いながら無罪放免の身と成るのである。
ベテラン南本刑事は最近になり、今まで然程感じていなかった橿原警察署で居た頃に窃盗犯に刺された古傷が痛む様な気がしていた。それは気持ちの性であったが長年勤めたプライドが許さなかった。
「おい白井いい加減にしろ。何もかもを言えよ、この儘で豚箱に放り込む事も出来るからな。あの夜ホテルを抜け出して彼女達に見つからない様に亜紀さんを殺しただろう?はっきり言えよ白井、警察を舐めるなよ。白井腕ずくでも言わせてやろうか?お前が犯人なら、お前を死ぬまで侘びさせるからな。」
南本は頬を震わせながら白井を追い詰めた。
「お前亜紀さんと出会った時の事をもう一度言ってくれるか?」
「もう何度も言ったでしょう。何度も」
「もう一回詳しく聞きたいから言ってくれるか。前と違う事を言ったらお前が犯人と思うからな。嘘を言っている事に成るからな。」
「そんな馬鹿な。今の時代に刑事さんははっきり言って合わないと思うよ。そんなやり方はまるで昭和初期だね。やくざ映画と同じじゃない。」
「つべこべ言わずに言うんだ。」
「全く」
「盗難車と知っていてお前が車を借りた事判っているからな」
「誰が言ったのですか?」
「いや判っている。」
「ですから誰が?」
「そうなんだろう?」
「そんな事無いです。俺本当に知らないから。先輩が言ったのですか?絶対そんな事ありえない。弁護士さんを呼んで下さい。大学に電話して弁護士さんを。俺こうなったら大学が首に成っても構いませんから。」
「白井よ、もう一度聞くが正直に言えよ、あんた本当に亜紀さんが暴れて抑えようとして服が破れたのか、それで間違いないのか?」
「そうですよ。俺本当に心配していたのに、あの女俺をバッグで何回も殴ったから俺の顔に当たって無我夢中で止めていたから、抑えていたら服が破れてボタンが取れて間違いないよ。その時は俺も必死だったから」
「本当なのか?私には納得行かん所が在るな、実はそうではなく、女性たちに飲み物を買いに行かせて置いて、その間に乱暴したかったのと違うのか?むらむらとして。
何故なら暴れる亜紀さんを止めるだけならそんな事はしない。黙って構わなければいい。亜紀さんの胸に手をあて触ろうとして、それで暴れたからブラウスを引き千切ろうとしたのではないのか? お前が構わなかったら亜紀さんは何もしなかった。大人しくしていた。
私なぁ、あの現場へ行って検証してみると意外な事に気が付いたのは、あの日帝の辻で亜紀さんに車が当たり、亜紀さんを取り急ぎ乗せてたいした事が無かったから侘びる積りで思いついたのは、お前が女の子に飲み物を買って来る様に言ったわけだな?そうだな?」
㉗
「まぁそうです。」
「本当か?」
「本当です。」
「違うだろう。お前が思っていた様には行かなかったのと違うのか?」
「それはどう言う意味でしょうか?」
「つまりお前が思っていた自動販売機はあの場所から五百メートルほど下った所にあった事を判っていて、その事を計算していたので女性たちは直ぐには帰らない事が計算されていたのと違うか?
しかし女の子たちはそこから僅かの場所で販売機を見つけた。それは車では判り難い所にあり、自販機荒らしに遭い被害にあった為に、店主が態々車から見えにくい場所にその自販機は設置してあった。それは歩いて通る人にしか見えない場所で、車で通ったお前には全く判らなかった。
そんな事を知らず時間を考えて強引に亜紀さんに悪戯する事を考えた。それがあの様な事に成って相当抵抗されたので、ブラウスが破れる事に成った。違うか?私の言った事が間違っているか?お前は何かを隠している。大きな何かを隠しているな、私は刑事を三十年もして来たこの傷もまだ一年も経っていない時に犯人にやられた。しかし白井よ、私は命が尽きても犯人を挙げて見せるからな。覚悟して置けよ。白井よ、私の事を弁護士を呼んで訴えるか?笑わせるな。白井お前を地獄へ送ってやるからな」
「・・・」
「お前は亜紀さんに暴行をしたかったのだろう?違うか?」
「・・・」
途中から入ってきて耳を澄ませていた稲葉が、
「南本さんあんな事言って良いのですか?私側で聞いていてびっくりしました。車が盗難車である事白井は知らなかったのでしょう?友永が吐いたのですか?先輩は焦っていないですか?」
「稲葉君これ位の事をしないとあいつは落とせないと思うよ。何かがある。あの歳で悠然として、絶対何かがある様に私は思う。これは勘だが・・・」
「それにあの場所にそんな自販機が在りましたか?」
「だから若い人は勉強不足と言われるんだよ。現場何とか言うだろう。度忘れしたなぁ・・・」
「現場百回ですか?」
「あぁ、それそれ」
「南本さんそれって苛めですよ。でも成程ね。そんな説も考えられる訳ですね。」
「稲葉君、私が言った事が当たっているかも知れないと思うのは、もっと別にも在る訳だ。」
「それは何でしょうか?」
「あの男私が言った事が出鱈目であっても、それを真面目に受け止めている事だ。何故ならあの男あれから生意気に弁護士を呼べとか全く言わなくなって寧ろ無口に成っただろう。あれって可成動揺している事が考えられる訳だ。だからあの男は過去にも同じような犯罪をしている可能性が在る事が考えられる訳だ。婦女暴行とか寧ろあいつの場合は強姦未遂とか女性が訴え掛けたが取り止めたとか、寸前で罪から逃れる事が出来た・・・そんな経験があり、ピンチを逃れてそれが今の自信に繋がっている様な気がするな。
あの男の事を徹底的に調べないとな。時間が無い。稲葉君あんたも頼むから」
「はい」
「勝負時かも知れないな。」
「解かりました。白井の事徹底的に調べましょう。」
その後稲葉刑事は山田絵美に食い下がっていた。
「山田絵美さん。帰りたく成ったと思いますが、もう暫く居って貰います。何故ならこれは殺人事件の取調べですから、少なくとも貴女方は盗難車で旅行をしていたのですから、それだけでも大きな罪なのです。知らなかったでは済まされないのです。更に白井さんがその車で撥ねかけた女性が、その日の夜に殺された訳ですから、只事ではない事はお解りだと思います。
それでお訪ね致しますが、白井健三さんとは何時頃知り合いに成ったのですか?」
「三年近く前だと思います。
その頃は貴女はまだ学生?高校生?」
「いえ、働いていました。今の所で」
「年齢に問題無かったのですか?」
「ええ十八だから」
「それでどのようにして知り合いに?」
「はい健三がお客さんとして来られて、友永さんと一緒に」
「そこで知り合ったのですね。」
「ええ、それで二人で遊びに行ったりして親密に成りました。」
「貴女は今のあのアパートで暮らしていますが、その時も同じでしたか?」
「はいあの場所です。子供と二人暮らしでした。」
「子供さんと?」
「ええ、一歳に成っていない子供でしたが」
「その子の父親は白井ですね?」
「いえ違います。元彼との間に出来た子供です。」
「子供が居る事を白井は知っていましたか、付き合う事に成り隠していたのですか?」
「いえ、私から言いましたから。隠す必要などないですから。子供が嫌なら来なければ良いのですから。」
「そうですね。だから白井は子供の事を可愛がったのですね。」
「いいえ、可愛がったとは思いませんが、関わり合いに成りたくなかったかも知れません。」
「それははっきり言って貴女だけが目的であったと言う事なのですか?」
「さぁわかりません。健三に聞いて貰わないと。
「例えば貴女と白井が変な話、秘め事の最中であったとき子供が泣いたりした時白井はどのような態度をとりましたか?」
「煩さそうで気が乗らないと言っていました。だから中断した事もあります。それでミルクをあげてそれから又仕切りなおしで・・・」
「つまりあまり子供の事は好きでなかったのでしょうね。」
「かも知れません。でもその子供が亡くなってしまい辛いでした。」
「亡くなった?それは何時ですか?」
「あの子が誕生間近の頃ですから、調度ヨチヨチと歩き始めた頃です。そんな時に目を放した隙に川で流されて溺死って言うのですか溺れて流されて・・・可哀相な事に成り・・・」
「その時貴女も白井も居てたのですか?」
「そう、健三も居ましたが誰も気が付かなくって。子供が大きな声で泣いたなら分かったのですが・・・」
「すみません。その時の事を解かりやすく教えて貰えますか?」
「私たち三人で夏のある日キャンプに行きました。それでテントを張り夕方に成って近くの山裾で薪を集めていました。子供はテントの中で寝かしつけていたので、まさかあんな事に成っているとは思いませんでした。
薪を集めてテントまで帰ってくると子供が居ない事に気が付いて、それで二人で捜しましたが判らず、百メートルほど離れた所でテントを張っていた家族連れにお願いして一緒に捜して頂きました。 彼らは私たちより川下でテントを張られていて、旦那さんが子供を見つけて下さいました。でもそれは川の中で救急車を呼んで必死で人工呼吸をしましたが、でも駄目でした。子供は溺死していて」
「そんな事が在りましたか?その時白井は何処で?」
「一緒に探していました。」
「いえその前の事です。つまり子供さんが居なくなった事が判った時は、白井はテントの近くで居りましたか?」
「ええ」
「間違いなく?」
「はい。間違いありません消防の方にも警察の方にもその様に言ったと思います。」
「変なことお聞きしますが、そのお子さんに保険は掛けていましたか?」
「いえ、何も掛かっていませんでした。まさか死ぬなんて考えられなかったから」
「そうでしょうね。お気の毒に。白井は子供さんが亡くなった事でどのように言っていましたか?」
「悲しんでくれました。又出来るから気を落とさないでとも」
「それで貴女は?」「何も言いませんでした。又って言われても・・・」
「その時妹さんは一緒じゃなかったのですね?」
「ええ、私が健三と付き合い始めた頃ですから、そんなに親しくも無く、寧ろまだ一度も会っていなかったかも知れません。」
「解かりました。その事故のことは警察に問い合わせれば解かるのですね。」
「おそらく警察も消防も来て大層な事でしたから」
「解かりました。それでキャンプに行くと初めて言ったのは何方ですか?」
「健三です。私も行きたかった事は確かですが、だから大賛成をしたのです。」
「その時白井は車を持っていたのですね。」
「いえ借りたのです。大学でその様な事が幾らでもあり簡単だって、それで四輪駆動って言うのですか力が強くて川の中でも走れる車、それをレンタルで借りた様です。」
「それで白井が運転してキャンプに。場所は?」
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「長良川の奥まで行きました。夏でしたが夕方に成り影に成って来て少し寒い程でした。」
「そんな奥まで白井が行きたいと言ったのですか?」
「行きたいって言うか、好い所を捜していてついあんな奥まで」
「それで、キャンプ場は誰が決めたのですか?」
「健三です。健三があそこが好いって言ってそこへ行きました」
「そこはキャンプ場とかでしたか?」
「いいえ、誰も居なかったから寂しいから他へ行かないって言いましたが、そこで好いって言われて、それで川原に降りて行くと川下でキャンプをしていた家族があって、安心して納得しました。降りてみると結構眺めが良く道からも離れていて静かで申し分なかった訳です。」
「それでテントを張られて日暮れに成って来て、夏とは言え結構寒さを感じて来たので薪を集める事を思いつき、子供を寝かせておいて、それで二人で集めだし、そしてテントまで戻ったら子供さんが居ない事に気が付いて、慌てて探したが判らず、川下でテントを張っていた家族に子供の事を話して捜して貰っていると、旦那さんが川の中で溺れている子供さんを見つけた訳ですね。
それで消防を呼んだが既に溺死していて助からなかった訳ですね。嫌な事を思い出させてしまい申し訳ありません。これも犯人逮捕の為のものでご勘弁下さい。」
「それでこの度は健三がやった様に思って居られるのでしょうか?」
「それを今追及しているのです。全く関係ない事と成る事も調べないと判りませんから、その様に成るにはみなさんのご協力が必要なのです。
次話❷に続きます。
この話は❺話まであります。