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ワルプルギスの庭  作者: 3986
6/11

ろく

「私は庭に行ってくる。儀式の準備をするから、紅はそこで着替えていてね」


桃香はそう言って、真っ白の布を紅に渡し、縁側から表へ出ていった。一人残された紅はしばらくの間、座敷から桃香を見送っていた。彼女の後ろ姿が垣根の向こうへ消えてしまうと途端に心細くなった。


二人きりで過ごす大きな秘密基地は、一人になると孤独感を煽る場所に変貌した。

畳敷の座敷は、桃香の祖母が嫁いできた時には板張りだったという。古くからここにいるのです、という顔をして屋根を支える柱に比べて、畳は井草の目がきちんと並んでいて、すり減りがない。

板張りの方が冷たくて気持ちいい、と桃香が言うが、魔女たちの「日本」に対する憧れの中に「畳」があった。それで桃香の祖母が畳を敷いて、客人をお招きする場に変えたのだという。


二間続きの座敷への玄関を挟んで奥が、台所。雨戸を開け放した座敷と違って、冷たく暗い色で紅の方を見ている。

そんな顔したってだめ、と台所に何者か潜んでいるかのように言って、紅は白い布を抱いたまま畳の上に転がった。


ダメだから。


再度暗がりに向かって投げかける。


実は、紅は少し緊張していた。着替えるとき、誰もいないはずの空間に目がついている気がした。初めてここにきた日に潜った勝手口。そんなに距離はないのに、今はとても長そうに思える。すりガラスの表情は恨めしそう。ガラスに映る淡い群青と、香ばしい薪の残り香。昨夜のご飯を作ったかまどが向こうで沈んでいる。

紅は起き上がって、土間に続く引き戸をしっかりと合わせた。黒い板戸が、もう大丈夫、と言うように立ちはだかってくれる。そっと引っかかりを撫でて、紅は座敷の中央に戻った。


周りに桃香以外誰もいない、と再度自分に確認した。そうしないと、着替えに踏ん切りがつかなかった。儀式のため、儀式のため。紅は何度も心の中で繰り返す。

本当に私でいいの、と聞く心細そうな桃香。この一瞬だけの特別な可愛らしさに、紅はいつも、いいんだよと答え続けたのだから。


腕に抱いた白いワンピースは、とっても触り心地がいい。肩の縫い目を持って広げると、紅の膝よりも長い丈だった。前開きのボタンは艶やかな白。厚手の生地で、包み込むものの色をちゃんと隠してくれそうだった。


桃香の声が浅い記憶から紅に呼びかける。その声に、紅は頬を赤くした。

なぜなら座敷から出て行く前、桃香は紅に儀式の衣装を渡しながらこう言ったのだ。


「着替える時、つけてる下着は全部外してね。いい?キャミソールだけじゃなくて、ブラジャーもショーツも、全部とって、裸の上にこの服を着るの。これはとっても大事なことなんだから。全然恥ずかしいことじゃないの」


今、庭の方で桃香はきっと準備をしている。彼女の動きを感じさせないくらい、蝉の声が降り注ぐ。開け放した縁側には、勝手口に感じていたような視線がなかった。

紅はお腹に力を入れて、しゃんと立った。そして、着ているものを一つ一つ取っていった。

全部を取った時、紅の肢体はどことなく不安そうで、それでも一欠片の強靭さも持ち合わせていた。それは青い畳の上で、まるで薄橙色の夏花が咲いて揺れているかのようだった。

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