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ワルプルギスの庭  作者: 3986
5/11

 紅と桃香が束の間の二人暮らしを楽しんで数日。

 桃香は朝早く、大きな蔵の中に入って、ごそごそと探し物をしていた。紅がパジャマがわりのノースリーブのワンピースのまま起きて、桃香の丸い背中を見ていた。


「何を探しているの?」

「おばあちゃんの絵の具よ。儀式に使うの」


 蔵の中には、古い甕や竹籠と一緒に、燻銀色の縁取りの鏡とか大きな杖などが仕舞われていた。桃香の祖母の道具。日本とイギリスの昔話に出てくる道具が、この蔵の中に混在している。蔵の上の方の壁に開いた丸い小窓から朝日が差し込んでいる。

 桃香は棚のものをあっちこっちにズラしてはずいっと顔を入れて覗き込んだ。しばらくそれを繰り返したあと、桃香は箱を一つ取り出した。焦茶の皮張り。金メッキの蝶番には唐草の模様が彫り込まれている。小さな旅行鞄のようにも見えた。


 桃香はそれを庭に持って出て、縁側に置いた。朝日が当たって、箱の金具がキラキラしている。古めかしい外見にも拘らず、箱は紅の中に潜む未知の冒険心を大いにくすぐった。


「開けてみるね」


 桃香も幾分緊張した様子で蓋を閉じる金具に手をやり、くるりと回した。カチンと金具がとまる音がする。桃香の指が慎重に蓋を開けた。

 中に入っていたのは、絵の具や絵筆だった。


「これが儀式の道具?」

「そうよ、おばあちゃんはこれを使ったって言ってた」

「桃香は使い方を知っているの?」

「知っているも何も、紅にだってわかるでしょう、これの使い方くらい」


 もちろん、紅にも分かる。これが見た通り絵の具だというのであれば、絵を描くのに使うのだろう。桃香にそういうと、


「ちゃんと分かってるじゃない」


 嬉しそうに笑った桃香の唇に、栗毛が一筋くっついていた。


「髪の毛が、」


 紅は手を伸ばして、髪の毛を掬った。栗毛を離そうとすると名残惜しそうに紅の指に絡んだ。くるりくるりと、紅は指に毛を巻きつけてみた。なあに、と桃香が箱を抱いてゆっくりと立ち上がった。


「昔話に出てくる生糸って、こんな感じかな」

「分からない」

「綺麗ね、桃香の髪」

「そう? 枝毛がいっぱいあるんだけど」


 桃香が空いた手で自分の髪をすいた。彼女の指に栗毛は巻きつかなかった。紅は、自分の指には巻きついたのに、と思った。


「紅、そうやってくれているのはとっても嬉しいんだけど、そろそろ儀式の準備をしなくちゃいけないから、離してくれない?」

「これ、私が巻きつけたの」


 慌てて髪から指をほどくと、栗毛はすんなり紅から離れていった。その時、むき出しの土間の匂いがむあっと広がった。気温が上がってきたのだ。


「暑くなる前に準備を終わらせよう」


 そう言った桃香が、栗毛の感触を惜しむ紅の手を柔らかく握った。それを握り返して出口を跨ぐと、桃香が振り返った。探るような目。あ、これはまた聞かれる、と思ったらその通りで。


「本当にいいの?」


 何度も疑われて、その度に紅は彼女を愛おしいと思った。





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