表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワルプルギスの庭  作者: 3986
3/11

さん

夏休みの最初の一週間、ここで桃香と過ごす、と思うと紅は少し緊張した。

学校でお泊まりを誘われた時は、素直に嬉しかったくせに、実際にやってきてみると何故だかドキドキする。


いつも二人でデートしていた場所はもっと人が多くいるようなショッピングセンターだったり、図書館の閲覧コーナーだったり。そして桃香の家も、紅の家も、こんなに大きな部屋なんてなかった。お互いのうちにある自分の部屋はもっとこじんまりしていて、物が溢れていて。


十畳間が二つも続くこのお家の空白は、たった二人のオンナノコには広すぎてやけに心細いのだ。

古民家、と呼ばれるにふさわしいこの家。柱や梁になっている木材は茶色を極めたような、しっとりと濃い色で、雨戸を開け放った今、しっかりとした骨組みとして存在感を放っていた。


紅は厳しい卓袱台ちゃぶだいを挟んで桃香と向き合っていた。机の上には空間に似つかわしくないお茶のペットボトル。とうに温くなって、汗すらかいていなかった。

網戸を通って、土の匂いを含んだ風が室内に入ってくる。

馴染みのない香りなのに二人は同時にそれをたっぷり吸い込んだ。


蝉の声が細い雨のように外で降っている。

打ち水しなきゃね。

降りしきる声の中、ポツリと桃香が言った。

いつまでも訪れない静寂に、二人はしばらく外を眺めていた。


「明日になったら、街に買い出しにいきましょ。今日はあるものでご飯にするから。それから、泊まる場所はここじゃなくて東の建物。そっちがいつも使ってるところだから。ここはお客様用の部屋なのよ」

「まだ、建物があるの」

「そうよ。東と北に一つづつ。それから西に蔵があって。母屋おもやって呼ばれるのはここね。四つの建物が囲むようにして中庭があるのだけれど、そこは後で案内するわ」


桃香はとても上手に正座を続けながらそう言った。紅は、正座なんてほとんどしないから、すでに足が痺れて痛くなってきていた。

座布団に乗っているとはいえ、慣れていないとこうなるのか、と体重をうつしたり、足の先を動かしたりしながら桃香の話を聞いていた。


「紅、足は崩していいのよ。私たち以外に今、誰もいないから」

「じゃあ、お言葉に甘えて……」


そうして足を崩そうとすると、いきなり流れた血液のせいで、足がジンジンとした痛みを訴えてきて、思わず顔をしかめてしまう。

それを見た桃香がふふっと笑って、紅は恥ずかしくなった。

二人の外見から、どう見たって紅の方が正座に慣れていそうなのに、桃香の方が涼しい顔をして座り続けている。

日頃味わうことのない感覚を耐えていると


「紅、可愛い」


そんなことを言いながら目尻を下げる桃香の方が可愛いのに、と紅は思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ