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夏休みの最初の一週間、ここで桃香と過ごす、と思うと紅は少し緊張した。
学校でお泊まりを誘われた時は、素直に嬉しかったくせに、実際にやってきてみると何故だかドキドキする。
いつも二人でデートしていた場所はもっと人が多くいるようなショッピングセンターだったり、図書館の閲覧コーナーだったり。そして桃香の家も、紅の家も、こんなに大きな部屋なんてなかった。お互いのうちにある自分の部屋はもっとこじんまりしていて、物が溢れていて。
十畳間が二つも続くこのお家の空白は、たった二人のオンナノコには広すぎてやけに心細いのだ。
古民家、と呼ばれるにふさわしいこの家。柱や梁になっている木材は茶色を極めたような、しっとりと濃い色で、雨戸を開け放った今、しっかりとした骨組みとして存在感を放っていた。
紅は厳しい卓袱台を挟んで桃香と向き合っていた。机の上には空間に似つかわしくないお茶のペットボトル。とうに温くなって、汗すらかいていなかった。
網戸を通って、土の匂いを含んだ風が室内に入ってくる。
馴染みのない香りなのに二人は同時にそれをたっぷり吸い込んだ。
蝉の声が細い雨のように外で降っている。
打ち水しなきゃね。
降りしきる声の中、ポツリと桃香が言った。
いつまでも訪れない静寂に、二人はしばらく外を眺めていた。
「明日になったら、街に買い出しにいきましょ。今日はあるものでご飯にするから。それから、泊まる場所はここじゃなくて東の建物。そっちがいつも使ってるところだから。ここはお客様用の部屋なのよ」
「まだ、建物があるの」
「そうよ。東と北に一つづつ。それから西に蔵があって。母屋って呼ばれるのはここね。四つの建物が囲むようにして中庭があるのだけれど、そこは後で案内するわ」
桃香はとても上手に正座を続けながらそう言った。紅は、正座なんてほとんどしないから、すでに足が痺れて痛くなってきていた。
座布団に乗っているとはいえ、慣れていないとこうなるのか、と体重をうつしたり、足の先を動かしたりしながら桃香の話を聞いていた。
「紅、足は崩していいのよ。私たち以外に今、誰もいないから」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
そうして足を崩そうとすると、いきなり流れた血液のせいで、足がジンジンとした痛みを訴えてきて、思わず顔をしかめてしまう。
それを見た桃香がふふっと笑って、紅は恥ずかしくなった。
二人の外見から、どう見たって紅の方が正座に慣れていそうなのに、桃香の方が涼しい顔をして座り続けている。
日頃味わうことのない感覚を耐えていると
「紅、可愛い」
そんなことを言いながら目尻を下げる桃香の方が可愛いのに、と紅は思った。