に
桃香に案内されて敷地に入ると、そこには大きな平屋の日本家屋があった。
鼠色の瓦は明るく照らされている。その下にある焦げ茶の雨戸はぴたりと閉められていて、紅を拒んでいるようにも見えた。
「誰も、いないの?」
紅がそう聞くと桃香は、そうよ、と答えて紅の手を引いて家の裏の方にまわった。
「お客様だから、本当は表から入ってもらうのが普通なのだけれど、今お婆ちゃんがいないからこっちからでごめんなさい」
勝手口の建具も木製の片引き戸。土壁の向こう側に吸い込まれるような作りになっている。その建具、木枠の中の上部三分の一くらいに、花模様のガラスがはまっていた。ガラスの向こうは不鮮明に見えるが、布のような波打つシルエットは、きっとカーテンだろう。木枠の縦方向に手をかける金具があって、そに少し下に鍵穴が見える。 紅は、桃香が鍵を出して開けるであろうことを疑いもしていなかったが、彼女は鍵穴に人差し指をあてて、紅に微かに聞こえるような声で何事かボソボソと呟いた。
その言葉が聞き慣れない異国の言葉のようだった。
「なんて言ったの?」
「魔法の言葉よ。私達魔女の秘密の言葉。たくさんあるうちの一つ」
そういうと、桃香は引き戸をガラッと滑らせた。
室内にかかっていたアイボリーのカーテンが揺らめく。
桃香がそのカーテンを開けると、台所が姿を見せた。天窓からの光がなければ、中は真っ暗だっただろう。その光のまだ向こうは、急に暗くなっていて、光の多いところで暮らしていた紅は、敷居をまたぐのを一瞬躊躇した。
桃香に優しく手を引かれて、紅は麦わら帽子をとって「お邪魔します」と頭を下げる。その声はすぐに室内に溶けた。
台所は土間になっていて、そこから室内へ続くであろう扉は半分開いていた。外の暑さが嘘みたいに、家の中の空気はひんやりとしていた。土壁と土間から伝わる冷たさは、本当なら心地いいのだろうけれど、紅のノースリーブのワンピースから見える肩が、ピクッと強張った。
薪を使うかまども、作業台のような大きな机も、紅には馴染みのないもの。
紅は知らず知らずのうちに、桃香の手を握る力を強くしていた。この手が離れてしまったら、絶対に心細くなる。
それを感じた桃香は、密かにニンマリと笑った。
土間から座敷に上がって、桃香は紅を座敷の真ん中に座らせた。
それから、蛍光灯からぶら下がる紐をカチカチと引っ張る。
部屋が明るくなったことで紅は少しホッとした。慣れない場所と暗さは、いくら桃香がいても払拭できるものではなく、心臓がキュッと何かに握られているようだった。
桃香が、二間続きの座敷のうちの片方の障子を開け、そこから縁側の廊下に出る。長く広いその縁の外側に続くガラス戸を引き、更に雨戸をガタガタと揺らした。その隙間から、さっきまでは暑さの元だ、と鬱陶しく思っていた光が差し込んでくる。
雨戸が一枚戸袋にしまわれると、桃香のシルエットがくっきりと景色に映えた。
好きな人の存在がはっきりするっていいな、と紅は立ち上がって桃香のそばに行った。
「座ってていいのよ」
「ううん、手伝いたいの」
二人で滑りの悪い雨戸を全部開けきって室内へと視線を戻すと、整然とした畳の目と山の絵が描かれた障子が、穏やかな表情を作っていた。
なんだか、説明くさくなってしまったので、完結した時に修正かけると思います。
あと、全然話が進んでないですね。千字ずつってなかなか。
筆、筆……まだしばらく出てきませんが、お付き合いいただけると嬉しいです。