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ワルプルギスの庭  作者: 3986
11/11

紅と桃香

 儀式の後、種の中で眠った紅が目を覚ますと、桃香の家の座敷だった。30年以上前に作られた扇風機がカタカタと振動を繰り返しながら紅の方へ温い風を送っていた。不思議なことに、腕に描かれた植物は跡形もなくなっていた。儀式のために着たワンピースにも、絵の具は一切付いていない。

 紅は起き上がって庭に降りてみた。座敷から見える垣根の向こう側がすぐに朝顔の庭で、迷路なんてなかった。迷路を抜けたところにあった庭と違っていたのは、朝顔の前に背の低い満開の百日紅が立っていたこと。その百日紅に、朝顔たちは蔓を伸ばして巻きついていた。

 百日紅の幹に背を預けて、桃香が座っていた。紅に気づくとふわりと笑んだ。

 その顔を見て、紅は何も説明されていないのに、儀式が滞りなく済んだということを理解した。百日紅の鮮やかな花びらがひらりと舞って桃香の髪に落ちた。


 結局、どこまでが現実でどこからが夢だったのか、紅には分からなかった。桃香に聞いてみたら、


「全部、本当のこと」


と言われ、到底納得できなかった。


 恐ろしかったような、見てはいけないものから目を逸らせなかったような。思い返せば言い知れぬ気味の悪さに包まれていたというのに、極上の心地よさでもあった。温かなお風呂とか、ふかふかで幸せな寝床とか。そういう日常の他愛無い心地よさだったように思う。


「おかえり、紅」

「ただいま桃香」


 紅と桃香は触れるだけの口付けを交わした。




 暗闇に、細く火花が散る。何度も何度も弾けながら、火花の産まれるところの真っ赤な滴を大きくしていく。滴は細かく震えながら最後には、ぽとりと落ちた。

 黒々とした地表に着地して見えなくなった滴の在処を、紅はしゃがんだままで眼球だけを動かして探した。隣では、まだ桃香の線香花火がジジジジと火花を散らしながら震えている。

 あ、落ちそう。


 はちきれんばかりの小さな光に闇が照らされて、その一瞬あとに消えた。残ったのは星あかり。しばらく二人は黙ってしゃがみ込んでいた。火薬の匂いが薄れて、蚊取り線香の煙が流れてきた。


「まだやる?」

「どうしよう、ちょっと疲れちゃったな」

「続きはまた来年にしようか」

「湿気ないかな。それより、来年? 私、来年もここに来て良いの」

「良いに決まってる」


 桃香がしゃがんだままジリジリと紅に近寄って、ピタッとくっついた。肩まで剥き出しの二人は、そこに薄らと張り付いた汗を糊にして離れたくないと思った。




 


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