3-24 handA
handA
ここは、家である。
あの日、ハヤトはこなかった。ハルカの学芸会にも、シズクさんの居酒屋にも。スマホを見ると一件、ハヤトから着信があった。午後3半。
ハヤトが亡くなる直前にかけた、最後の電話だ。
私はそれを受け取れなかった。
ハヤトは死んだ。
こんなにもあっけなく。予兆ものなく。突然に。
最近、ニュースを騒がしていた連続殺人犯の逃亡があった。
それだった。
運が悪いことにそこに出くわして、しまった。
運が悪かっただけ。
葬式には多くの人が来てくれた。そして、みんな口をそろえて「運が悪かったという」なんだろうか。そんなことは、なんなんだ。
努めて、平然としているように装う。しかしハルカと二人きりになってしまったこの家ではどこにもハヤトの姿がちらついて、二人抱き合って泣いている。
今も私たちはハヤトに生かされていると思う。
ハヤトがいてこそのこの家族だ。
葬式の後、保険屋と銀行がきた。ハヤトはしっかり生命保険を私宛にしてはいっていて、住宅ローンには死亡特約までつけていた。
万が一の時何も苦労をしない様にと、ハヤトは手を打っていたのか。
だから、私たちは未だハヤトに生かされている。
悲しい事にそこにハヤトはいない。
「ママ、パパはもう帰ってこないの?」
「うん」
「お別れも言えなった」
「うん」
「なんでパパなの?」
「…なんでかなぁ」
最後の言葉も聞けなかった。
なんて思って逝っていったんだろう。
腕の中で、二人泣いていると、広すぎるこの家に泣き声が響いていく。
何を考えていても、なぜ、なんで、何が悪かったのか。
そんなことばかり考えてしまう。
うちの両親がきたときも、申し訳ないけどハヤトの両親がきたときも何もできなかった。
みんなが被害者なのに私だけ、こんなに、一人…。
情けないとも思う。でもさ、好きだったんだよ。どうしようもなく幸せな日々だったんだ。
ここに一通、手紙がある。
見ることのできない手紙。
ハヤトの生命保険に一緒になっていた、遺言とも言えないような簡単な手紙らしい。
私は読めないでいた。
それを読んだら、私はハヤトとお別れしないといけない気がしたからだ。
でももう、一周間が経っている。
親として、腹をくくる必要もある。かもしれない。
「ハルカ…」
「うん、…」
「パパとお別れできる?」
「ううん。できない」
「まだできないか。ママもね、まだしたくない。文句言ってもしょうがないけど」
「ママも?」
「うん、ハヤト、パパはもういないけど。気持ちまでそう思えるわけじゃないよね?」
「うん、パパはいない」
「パパの最後の言葉がここにあると思うの。きっとね、きっとだよ。パパはいつか自分がいなくなったとして、私たちが今こうして立ち止まっているのを何とかしたくて、手紙を残したんだと思う。あの人はそういう人だから」
だからきっと、今でもどこかで私が立ち止まっているのを、怒っているんじゃないかと思う。
「いいね?ハルカ。読むよ」
「うん」
『ハルカとアカネへ
俺がいないのにこの手紙を読む機会ができたということはそういうことだ。ごめんな。俺が弱いばっかりに君たちに辛い思いをさせてしまっている。
いくつか伝えたいこともあるがまず、無難なことを言わせてくれ。
ご飯を食べよう。
俺が作ってやれれば世話ないがそりゃできない。いなくなっちまったからな。それでも飯を食え。アカネ、簡単なのでいい。ハルカと一緒に食べなさい。まずはそれからだ。
さて、ご飯は食べたか?
はっはっはっは。すまんな、もう俺のおいしいご飯が食べられないと思うがそれは仕方ない。それでもさ、家族と食べるご飯はとても大切なことなんだ。忘れないでほしい。二人にはしばらくつらい思いをさせてしまうかもしれないが、それでも家族なんだ、助け合って生きてくれ。
次は何だ。
あれか。お金は心配しなくていいくらいにはあるだろう?すまんな、死ぬことになったらたぶんそういうことでしか君たちを支えられないからな。少ないが使ってくれ。そして俺の両親を頼ってくれ。あれでもきちんと収入がある家だ。困ったら相談するといい。
お金の話はハルカにあんまり聞かせる話じゃないからあとはアカネに頼むぞ。
次はハルカだ。
今はいくつだろうな。これを書いたころはまだパパっこでちょっとだけ将来が不安だったころだ。もしまだそうなら突然いなくなってごめんな、ハルカ。少し成長した姿は想像できないが、きっとアカネに似て勝気な性格になっただろうな。自分を強く持って、生きてくれ。できればパパみたいないい男を見つけて結婚してくれよ。いつまでもパパがいいなんて言ってられないからな。
あー、なんか言いたいことがまとまらなくなってきたな。
アカネとは長い時間を過ごしたな。
十年か。
それだけいてもまだ一緒にいたいなんて、アカネは俺のことが本当に好きなんだな。愛想つかしてもいいんだぜ?嘘だ。俺もずっと好きだし、結局最後まで好きでいつつけたんだ。死ぬまで愛することができたんだ。俺の勝ちだな。
笑ったか?笑え。
笑顔でいろ、俺だって笑って死んでやる。そうだ、楽しいことがあったら報告しろ。つらいことがあったら相談しろ。返事はできないが、聞いててやるから。
さて、そろそろ二人も気分は落ち着いたろうか。
最後の挨拶をくれてやる。
俺は二人の家族だ。それは変わらない。
だからずっと、生きてても死んだとしても、君たちを。
愛しているぞ。
ハヤトより』
止まらない涙を止める方法はそこには書いてなかった。
ただ、私たちを笑顔にはできていた。
いつの日か、私は私たちの人生をハヤトと私の物語と考えていた。
そう、ハヤトくんとアカネさんってところかな。
これからは違う。私がハルカを育てる物語。そこには時々ハヤトが登場するんだろうな。
これからはハルカちゃんとアカネさんの物語。
さぁ、ご飯を食べよう。ハヤトほどおいしくはないけど、美味しいご飯を作ろう。食べて生きて、ハヤトに会うんだ。しわしわのおばあちゃんになって。
HandAハヤトくんとアカネさんfin
handAハルカちゃんとアカネさん start
あとがき
HandAは好きな話をグダグダ書く物語でしたが、どうしても物語のあらすじは決まっていました。今回の場合はハヤトに死んでもらうことは決まっていました。初めから。
ハルカちゃんが誕生した時からこの時にアカネがハヤトのどっちかが亡くなることを決めていて、悩んでアカネを残しました。
つまり3章のテーマはハヤトからハルカへHからhへということです。
4章のテーマはhの成長。ですが何も決めていません。書きたい気持ちはありますが、書きたくないですね。ハヤトのいないHandAなんて。
最後も見えていても書きたくないものですね。
この話には出てきませんがシズクはあの日、悔やんでいます。
悔やみに悔やんで、葬儀の日にはアカネさんに土下座しました。その日から幻覚を見る様になっています。つらい生活の始まりでした。夢の中でハヤトに出会って別れ手を繰り返し、仕事が終わっても家に帰らずに、ひとりごちています。
そんなシズクをやっぱり元気づけるのはアカネさんです。時折見えるハヤトの影を追わずに済むようになりました。
そんなシズクの物語もあったりします。
自分より先に死ぬことを許さない猫の話もありました。
様々な物語が交錯しています。それらはすべて、書きません。どうか、幸せな物語をみなさんで思ってやってください。
それではまた。




