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2-12懐古

懐古



 この休みは、シズクのために使った。


 体裁上では仕事だ。


 いや、俺の中ではシズクと話すために用意したと思っている節もあるくらいだ。


 これは必要なことだったのだろう。


 俺は覚えてなかった。他の人は、客観的に見ていればわかるのだろう。


 昔から俺は、鈍感だといわれる。自分では注意深くしているつもりだ。





「では先輩。駅まで行きましょうか」


「俺が行く必要性が分からないな」



 翌朝俺の目が覚める頃。すでに始発は出ている時間だ。この日は昼からアカネが帰ってくる。もうシズクを起こして帰らせなければ。そう思って俺は自分も寝ぼけ眼でシズクを起こす。


 朝食はしたくしなかった。俺は食べないし、こいつのためだけに準備するつもりになれない。帰ってから食べればいいだろう、そう思った。着々と支度を終わらせ、彼女を家から出そうとしたとき、そう言われた。


 もう一度言う。俺が行くメリットがない。



「先輩。これはイベントなんですよ」


「イベント?ゲームじゃあるまいし」


「聞いてください。これは私の人生の中に、私が用意したイベントなんです。お願いです。付き合ってください」



 訳の話からない話をされた。


 人生はゲームじゃない。やり直しなんか効かないし、回避不可のイベントがあるわけでもない。自分で決めるからだ。


 これまで聡明だと思っていた彼女がおかしなことを言い始めたと思うだろう。しかしだ。なぜだろう。俺はイベントなら仕方ないと思っていた。


 どことなく、シズクと俺の出会い方は仕組まれたように感じた。今回シズクが言うように、彼女が準備したというなら、信じてしまえるほど、できすぎた、と思っていた。


 俺も何かおかしいか。


 無駄に考えるだけ、そのまま、無駄だな。


 イベントなら仕方ない。回避不可ならしょうがない。



「わかった。行こう」


「いいの?」


「何かあるんだろう。それと、本当に駅でいいんだな」


「……、ごめんなさい。私の家まで、お願いします」


「……わかった。行こう」



 空気が重い。こういう時は、何も考えない方が身のためだ。


 俺はシズクの二歩後ろを歩き、駅に向かい、電車に乗る。彼女は何も言わない。後ろも見ないし、俺がいることを確認しない。どういう意味なのだろうか。いなければそれでもいいと思っているのだろうか。


 電車に乗って、すぐ。いいや、切符を買ったときから目的地はわかっていた。いつかの夏、アカネといった古本屋の町。


 電車に二人並んで乗ると、やはりこの日も空いていた。休みのこの日にあの廃れてしまった町へ行くことはしないだろう。口には出さない。おそらく、彼女はそこに住んでいるのだろうから。


 道中もやはり話さない。


 なぜだろうか。それすら考えることをしない。


 余計なことを言って、自分を、彼女を傷つけたくないからだ。


 黙ったまま、目的の駅に降りると、錆びた街灯、古くなったアスファルトが向かえる懐かしい街についた。


 涼しい風が二人の間を抜ける。歩いて歩いて、古本屋などとうに過ぎて、思い出も薄くなってきたこの場所を、シズクは見せたかったのだと分かった。


 照る日が、いつかの様にアスファルトに反射する。木々はすっかり夏を待っている。世間は夏に備えている。俺は、どうだろう。少し寒いのかな。





 ハヤトの家は、もともと裕福ではない。寧ろとても貧乏だった。ワンルームのアパートに三人、しかも母親は画材、父親は執筆のための資料など、物にあふれていた。売れるまで、俺が中学生までは、とてもじゃないがその日暮らしのような生活だった。なぜうちの親はまともな仕事をしないのだろうとずっと考えていた。


 今でも親と同じ仕事をしたいと思わない。つらいから。何がつらいってアカネに俺と同じ気持ちを味わわせることになるから。……子供も、そう。親を悪く言うつもりはないけど、好きではない。


 昔のことは、またその時々に話そう。いつの日か必要なときに。


 まぁ思い出せなければ離せないのだが、今みたいにね。



「そうか、これは、君がずっと時間をかけてきた。イベントか」


「はい。もう、わかっちゃってますよね」


「まぁ、ね。いやでも、君は俺よりも五つも年下だ。とても覚えていたとは思えないが」


「そこは、色々とあったんで。私は多分、四つか五つか。そのくらい。覚えていることもありますよ」



 アパートの前、古めかしい、正直入居者がいるのが不思議なアパートの前、俺とシズクは顔を合わせず、それを眺めながらつぶやくように話す。


 ブロック塀で作られたアパートを囲う塀はツタがはっている。庭は雑草がびっしりとして、虫が多そうだ。肝心のアパートは俺の所と違い、木造ではないが、逆に劣化をわかりやすくしていて、時間の経過が顕著である。


 俺が小学生の頃、隣の部屋に住んでいた夫婦の子供がいた。


 俺はその子を、しーちゃんと呼んでいた。


 その子は俺を



「思い出して、いや、つながった?ハヤ兄ぃ」



 ハヤ兄ぃ、と呼んでいた。


 これまでの彼女の行動を思い返し、一つ一つをつなげる様に、俺の心の中、開かずとなった思い出の引き出しに、丁寧に移していった。シズクとしーちゃんとをつなげる。


 そのあと、俺は、彼女の、シズクの部屋に上がった。








 


「ただいまぁ。ハヤト?いないー、か。え?あ、これってさ、……」



 部屋は、片してなんかいない。元に戻すことはしていた。そんなことで痕跡が消えるわけはない。


 部屋に落ちた、知らない長い髪。


 やんわり香る、初めて嗅ぐ匂い。


 風呂場の排水溝に残る女の髪や、その他の後に、気が付かないわけがない。


 彼女は、アカネはそのまま。


 何も言わずに掃除を始めた。


次回更新は明日19:00です

どんな気持ちなんでしょうか。私にはわかりません。アカネさんがかわいそうです。

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