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1-23始まり2


 始まり2




 昨日はよく眠れた。


 ハヤトのご両親に挨拶に行くというのに、あまり緊張というものをしなかった。なぜだろう。うーん。



 うん、生まれつきだ。




 ご両親は遠くに住んでいる。県境の山の中。当然私はそこへ行ったことはないが、地図で見る限り、そこに人が住めるんだと初めて知ったという感想を持つくらい山の中だった。ハヤトが言うには、二人とも人付き合いが少ないようなところを選んで住んでいる。


 そんなところに挨拶へ行くのだ。


 電車もなければ、バスもない。そこへ行くのに車しか方法がない。


 ということで今は車に乗っている。高速道路だ。


 エアコンもつけて、持ってきた音楽プレイヤーをつなぐ。


 ハヤトが隣で楽しそうにハンドルを握っていた。



 うちに車はない。




 大学時代はハヤトが自分の車を持っていたが、卒業して普段使うことがないうえ、お金がかかるから、売ったんだよね。


 だからこの車はレンタカー。ハヤトの趣味で二人乗りだけどね。


「いやぁ、車はやっぱりいいな!こうして二人でドライブできるのは楽しいしな。またいつか車買おう。絶対に!」


「うん。そうだね…」


 とても楽しそうにハヤトが話し、少し不安そうに私がしているのは理由がある。



 ハヤトは車オタクだった。



 車を見るのも好き、乗るのも好き、いじるのも好き。今でこそ、車を売っていて手元にないけど、大学生の頃のハヤトに「私と車のどっちが好きなのよ!」って聞けば、答えに困っただろうな…。


 当時は自分の好きなように車を走らせていた。だから、私を乗せるときは安全運転でゆっくり走ってくれていた。それが、前みたいに乗れないことがフラストレーションになって、今みたいなチャンスには、こうなる…。



「なぁ、アカネ!今ちょっとさ、車いないから、飛ばしていいかな?な!」



 こうなると、どこまで飛ばすかわからないから怖い。


 私が怖い理由がもう一つ。


 車がレンタカーだから。


 昔に乗っていた車はスピード出しても全然怖くなかった。ハヤトが言うには、サスペンションを固くして…、シートを固定して…、なんだっけ。とにかく速くても安定して怖くないようにハヤトが車を改造していたんだ。なんて車だったかな…、あーるえっくす…、あーもうっ!わからん!


 レンタカーのこの車は、ハヤトの乗っていた車より不安定だから、怖いんだ。


「大丈夫!100キロまでしか出さないからね」


 そういって、ハヤトがアクセルを少し深く踏む。


 私はドアに手を置いて、備えていた。少し胸が苦しく感じる。後ろに引っ張られる重力のせいか、不安のせいか。でもすぐにその感覚もなくなり、スピードが上がって変わったのは、窓の外を流れる風景の速さだけだった。



「思ったより怖くなくてよかったよ」


「そう。それはよかった。しばらくはこれで行くよ」


 ハヤトはそういって、笑顔で運転を続ける。


 緊張と恐怖であまり周りに目が向かなかったが、外を見ると、確かに周りに車は一台もいなかった。道路の外側も山ばかり。看板にはシカの飛び出しに注意しろとある。



 ハヤトの運転は久しいぶりだったけど、やっと慣れてきたかも。少し落ち着いてきた。



 車の中の様子とか、外の様子とかにも目が向くようになった。ハヤトがいつにもまして楽しそうにしているのがよく見えるようになる。



 ん、あれ?


「ねぇ、ハヤト」

「うん、どうした?」


 私は、シートの横を手で押しながら尋ねる。「シートが倒れないんだけど」と。一生懸命ぐいぐい手で押しながら必死な顔でハヤトに尋ねた。


「いやいや、アカネ。ツーシーターの車でシートは倒れないから」


 ハヤトはおかしいといわんばかりに笑っている。私の顔はあきれていく。



 ふつう、そんなことは知らないんじゃないの?



 ここで、そう言ってやってもいい。車バカのハヤトにその常識は通用しないって教えてやろうかと思ったけど、私は何も言わなかった。



 だって、ちょっと考えれば、シートは後ろに倒れないことがわかるからだ。後部座席がないということはそういうこと。



 結局のところ、私がばかにされそうだから、もう放っておこう。



「いやぁ、しかし。最近のレンタカーはいいものをそろえるようになったよ。燃費だってそこそこいいし、安いし」


「そうね」




 後どれくらいかかるのかしら。山はそろそろ見飽きたわ。


 車の中のものはあまりない。音楽はいつも聞いているものだから今更注意して聞くこともない。二人乗りでも、思ったより広いけど、シートが倒れないから、ちょっと背中がつらくなってきたかな。体を少しづつくねらせていた。



 ハヤトはハンドルを操作しながら、車の真ん中エアコンの操作もする。道は何度もカーブを迎えて、高速道路とはいえども、曲がりくねった道。



 相変わらずうまい運転。全然横に体が持っていかれる感じがない。




「ねぇ、前にハヤトが乗っていた車の名前ってなんだっけ?」


「あれはねぇ、RX-8だよ。Mazdaのスポーツカーで今は生産が終わってしまったんだけど、去年の最終販売の時は全国のロータリーマニアがこぞって買ったんだ。俺が持っていたのはマイナーチェンジ前の前期型で、タイプS。一番馬力が高いやつね。いろいろ手をかけて、特に足回りはめちゃくちゃ金かけたよなぁ。サーキット仕様の高速走行時に実力が出るようにしたから、本来コーナリングマシンであるRX-8が立ち上がりも高速コーナーもスピード維持できるようになったんだよね。他のRX-8乗りにまねできないような絶妙なバランスがもう、快感だったぁ。それでねぇ…」

「あ、ごめん。もういいよ」


 ほとんど聞いてなかった。無理でしょう、たぶん、文章だったとしても読み飛ばすかな。



 聞いた私があほでした。



 それでも、ほかに話すことがないから、車の話を続ける。話しすぎないように注意しながらね。


「そういえば、この車もMazdaだったよね」

「ああ、ロードスターだ」

「…」



 珍しく、ハヤトはそこで話を切った。


 気になって顔を向けると、ハヤトはしきりにルームミラーとサイドミラーで後ろを確認していた。


 どうやら、車が来たみたい。黒い車。


 ハヤトの顔が笑顔でなくなっていく。


 ハヤトの「あっ」という声とともにその黒い車は横を抜けて抜いていった。私たちより若い男性が乗っていた。


 そのタイミングでハヤトが変わる。大学の頃、連れて行ってもらったサーキットでハヤトが運転している時、その頃の顔を思い出した。


「は、ハヤト。まさか、今の車追い掛けないよね?安全に、安全に」

「ごめんアカネ、200馬力もないこの車だけど、あんなベタベタに下げて、ひどいチューンをされたグロリアなんかに負けるわけにはいかないんだよ」

「いや、まって!まってえええええええええええええええええええええええええええええああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 左手でギアを2つ下げ、回転数を高くして甲高いエンジン音を鳴らしながら、ハヤトはアクセルをべた踏みし、加速する。


 Gというものを体全体で感じながら、私は「え」と「あ」の発音だけ繰り返していた。


 人が本当に恐怖を感じると、全身の穴という穴から水分が噴き出しそうになる。私は初めてそれを体で知った。



 一つ、断っておこう。大人として、尊厳は守りました。以上!






「はっはっは!見たかよあのグロリア。高速まで何とかついてこれてたけど、降りて峠道に入った途端消えやがった。あんなベタベタに車高下げて速いわけない。余計なもんばっかくっつけて、マフラーは汚い音出して爆音だけ。ちゃんと手入れされてないのか、せっかくのハイパワーエンジンも全然機能してなかったな。ちゃんと作っていれば、高速でノーマルのロードスターにおいて行かれるなんてなかったかもしれないのに、もったいない」

「ハヤト…、お前、まじふざけんな!あぁ!?」



 車を止めて、外に出たところでやっと、私は文句を言えた。



「あと少しで私は尊厳を無くすところだったんだよ!?何とかなったけどね!」

「おおう、ほんとごめん。帰りは気を付けるよ…」

「お願いよ!?もう絶対あんなのはいやだからね」


 石畳の駐車場に車を停めて、やっと目的地についた。ここまで短いようで長いようで…大変だったが、ようやく一息つけた。


 ここからまた山道を歩いて登らないといけないところにハヤトのご両親は住んでいる。



 家自体はもう見えている。


 山の中で開けたところにウッドデッキのようなものが見えた。直線距離は短いが急な山道ではまた時間がかかりそうだ。


 ちょっと大きめの荷物をもって坂道に踏み出す。




「そういえばさ、さっきから尊厳って言ってるけど…」

「私に言わせるな!」



 尊厳は尊厳だ。何物でもない。


 さぁ、行こう。ハヤトのご両親に挨拶だ。



尊厳=おも○し

です。

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