1-21そうだ。ゼクシィを買いに行こう
そうだ。ゼクシイを買いに行こう
八月某日。なんで某日なんて言うのだろう。別にいいか。
八月の最初の日曜日。七月までで、何とか大きな忙しさは終わって、今月から少しゆっくりできると判断できた。
それでも、予定は埋まっているうえ、急がなければならない準備も多い。それでも日曜くらいは休みたい。二人で何かダラーっとするのもいいし、出かけるのもいい。
そんな日が今日だ。
この間の引っ越しのようなもので、本格的にアカネの荷物が俺の部屋に届いた。そのせいで手狭になった部屋の整理を余儀なくされたのだが、そのおかげで、昔の知り合いとまた話ができたし、いいものも手に入った。
部屋についての話はこれくらいでいいだろう。そういったわけで俺たちは今、書店にいる。どういったわけなのかは、説明しづらい。
本を買いに来た。
もういいや、隠しても言わなきゃならないし、どうにもならない。
今二人で、買いに来てるんだよ。
ゼクシイを。
もう訳は分かっただろう。
言わなくてもいいだろう。恥ずかしいんだから。え?いうの?
きっかけはCMだった。よくあるコマーシャルメッセージというやつだ。これまでなんてことなかったはずでスルーしてきたCMも、こうした状況になると、一味も二味も違ってくる。どういう状況かっていうと、そうだよ。結婚の話をした後の状況だよ。
いざ、そのCMが流れるのを見ているといかんともし難い空気となった。そしてその空気を破るようにアカネが言うのだ。「買いに行こう」と。
それで今に至る。
いたるまで俺の抵抗がなかったのかというと、もちろんあった。くっそ恥ずかしいからな!でもそれは、アカネの真っ当な正論でぐうの音も出なくなる。
「指輪も買ったんだから、買わなきゃおかしいでしょう」という。
全くその通りです。
いや別に買わないと結婚できないとこそんなことはないのだが、何というか、世間の風潮というか。やっぱりCMとかってすごいんだね。
電車と歩きで書店まで来たが、ここで今俺が直面している状況を話そう。
ここにきてアカネが俺の後ろについた切り何もしようとしないのだ。
ゼクシイは見つけた。残念なことに入ってすぐ見つけた。しかしそこでここまで俺をひっぱってきたアカネが後は任せます的な空気を出しているのだ。
まじかこれ!
雑誌の前で立ち尽くすのも無理はないだろう?誰も俺を責めないでくれ。
以上。ここまでの経緯は話した。そして今なお、俺たちは書店にいる。目的も果たせないまま。二時間だ!
書店というものにあまり入り浸ることはない。コレクターのような俺だから、読むなら買って家で読みたい派だ。なので目的の本がなければすぐに帰るのがいつもの行動なんだが、こうして長居してみると、なかなか面白いところかもしれない。
当然、ずっと同じ雑誌の前にいたら声をかけられてしまいかねない。俺は店内をうろうろしながらあたりの様子を伺うしかできていなかった。
その間、アカネは俺の後ろをついてくるばかり。ドラクエかよ。
それで面白いと思ったのは、書店に入って人の流れについてだった。
よくよく観察してみると、店内に入るお客さんの大多数は入ってきて同じようなルートを通る。
目的があるお客さんはそちらにすぐに向かうのだが、ふらっと立ち寄った人はまず、入ってきて直ぐの雑誌棚に目をとおして、文庫本などの新刊や店員のおすすめに目を向ける。次に専門誌などを経由して漫画コーナーを回り、再び文庫本の前を通ってレジを回り出ていく。
時々で順番が違う場合もあるが大抵そうで、気になるコーナーに長居する。
店内がそういう作りをしているんだ。入ってきたばかりでいきなり店員にものを聞くことをしない日本人は基本レジのある方から入ってこない。そうすることで入口を限定できる。
最初は必ず無難に需要があるものを置く。それで店内に入ってもらい時間を使わせる。そうするともう少し読んでいこうとする人の後ろに店員が通ってくれば、立ち読みをする気まずさから、買うか、さらに奥へ進む。そうすればあとは必然的に店内を回り帰っていく。途中で買ってもらえばそれでオーケー。そうでなくても人が多く見えればにぎわっているように見える。
知らなかった。こんな風に集客をもくろむなんて。こんな風に道筋を決められていれば、客もそうだし、店員も管理が楽だ。
僕は二時間ここでうろうろしながら観察し満喫していたが、未だ目的は果たしていない。
俺は自分でこの書店の仕組みを考えていたのだが、それに自分を当てはめていなかった。
全く油断していた。
「お客様、何かお探しですか?」
書店のコースから外れ、二時間もだらだら買いもせず、立ち読みもしなければ、目立つだろう。声をかけられるのも当然か。
若い女性店員。なぜか後ろではアカネが笑いをこらえている。
ここで断って、結局買っていたら感じ悪いよな。
「あの、これ。買いに来ました」
「ああ、そうですか。ふふ…、おめでとうございます」
うわ、なにこれ!めっちゃ恥ずかしい!
後日談
あのあと、買って帰ったゼクシイを二人で読んで、いろいろと話し合った。
その中で一つ紹介するなら、なぜアカネがあんなに笑っていたかというと。
俺が店内の様子に夢中になっている間にアカネが仕掛けたようだったんだ。こっそり店員を呼んで、声をこけてもらうように図ったのだ。
あんまりに俺が決断しないから。
いやしかし。俺だってやる時はやる。今回は恥ずかしさのあまり、つい二の足を踏んでしまったが。俺もやる男だというのはアカネも知っている。
十月。ハヤトとアカネは結婚します。
どうだ。でかい決断だろう。
ふふふふ、おめでとう。
あ、まだ早いか。




