1-19なーこという存在
なーこという存在
なーこという猫がいる。
ハヤトが連れてきた猫だ。
面倒をかけないという点ですごい猫だが、以前と生活が変わらないことから、あまり存在を意識できていない。
なーこがいることで何か変わったのか。私はちょっと考えてみることにした。
なーこ。白い猫。特技はハヤト曰く、だるまさんが転んだ(DGK)。
「なーこは他に何ができるんだろうね」
「なー」
今日もハヤトはお仕事。平日だから当然。だから私は部屋でなーこと二人だ。
私はというと、やることもないので、資格の勉強をしている。リビングのテーブルで、とりあえず広げて、とりあえずペンを持つ。窓を大きく開けているので、風がよく入る。テキストのページがめくれるが、私はあまり気にしなかった。
左手で頬杖をかき、クッションを一つ椅子にして座る。右手でペンを持つが、それはなーこの前で振って遊ばせていた。
やることがない、いや。やることはあるが、集中できない。うまく頭が働かないから、今は勉強とかそういうのはしないで、なーこと遊ぶ方がいいかな。
なーこは前足を私の膝に置いて、顔をペンの動き合わせている。
やっぱり、普通の猫なんだね。かわいい。
そろそろ、部屋のレイアウトを変えてもいいんじゃないかな。ハヤトに相談してみようかな。
そう思っていると、油断してペンを落としてしまった。
「…、んなー…」
顔に直撃したみたいだね。
「ごめんごめん」
「なー」
むすっとした顔も見せても、謝れば元の表情になる。人間みたいな猫だね。ほんと。
何を考えてたんだっけ。そうだ、なーこいると変わったことがあるかなって思ったんだ。
「ねぇ、なーこ。なんでここに来たのかな」
落としたペンを跨いで、テーブルを横から回っていく。ベランダの開けている窓の前で、こちらにまた振り向いた。もう一度窓の方に向いて、うまいこと通り抜けて、ベランダと部屋を行き来する。
なるほど、そこから入ってきたわけね。
私はペンを拾って、テキストの上に置く。風のせいですぐにページがめくられて最後には、表紙まで閉じられてしまった。ちょうど真ん中にペンが挟まれた状態だ。
なーこと同じように、テーブルを横から回ってなーこの前に行く。ちょこんと座ってやがるから、かわいすぎるから、なでてあげる。まったくもう…、もうね!
「はふぅ、かわいすぎるぞこの野郎!」
「なー」
気が付けば、なーこは仰向けでおなかをさらけ出していた。私はそれに両手でわしゃわしゃしていた。
窓に映る自分の姿を見て、ちょっと焦る。
だれこれ。
そういえば、何度かこんなことになった覚えがあった。今日みたいに暇になって、なーこと遊んでいるときに夢中になっちゃった。
はぁ、私もいい歳なんだし、猫と時間を忘れて戯れるなんて。
なーこをそのままにして体を起こす。フローリングにぺたんと座ったまま、落ち着きを戻す。
窓の外を眺めながら、深くため息をつく。私がそうしているうちになーこもごろんと転がって起き上がってきた。
そうすればなーこは再びこちらを見上げる。
「やめてよ…、そんなに見ないで。前足を膝に置かないでよ。物ほしそうにしないでよ」
まるで、「もうしないの?もっとやってよ」と、そう訴えかけるような目をしている。
「…、んなー…」
「ああん、もう!」
年なんて関係ないから。かわいいものはかわいいもん。
わしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃ…。
かわいいねぇ、なーこは。
「アカネ…、これは、どうした」
それはハヤトの帰宅。つまり、夕暮れを過ぎたころだった。
目の前にはなーこ。なんかもう…ぐったりしている。かすかな吐息しかもはや感じない。そして窓の外、肌寒いくらいの風が開けたままの窓から入る。
「ねぇ、ハヤト」
「お、おう」
「私は何をしていたんだろう」
「いや、知らねぇよ」
「そだよね」
外は暑かったのだろうか、ハヤトはクールビズ用のシャツをさらに崩している。
「ねぇアカネ。ごはんは?」
「まだ」
「じゃあ、お風呂は?」
「…まだ」
「いつも通りだね」
「うん、ごめんね」
なーこがいるといつもより時間の経過が早く感じる。でもいつもと大きく変わったことはない。いつも通りまたやっちゃった。
窓をしめて、急いで夕ご飯の支度をする。あれ、そういえば私は今日何をしようとしてたんだっけ。
ま、いいか。なーこと楽しく遊んだしね。
「ハヤトー。今日何にしようかー。そーめんでいい?」
「いや、もう勘弁してくれ…」
ハヤトの虫の声が聞こえる。
「…、な、……なー………」
なーこの虫の声が聞こえた。




