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1-16転換3



転換3



 勢い余って、いや。本気で俺は言っていた。


 今がその時だと判断していていた。



「ハヤトくん。空気は読もうか」



 お母さんにそう一蹴されてしまった。


 もっともかな。


 俺は今、アカネのお母さんの病室にいるのだが、状況が状況。当たり前か。


 アカネはあっけにとられた様子のまま、俺を見据える。お母さんもあきれ顔だったのが、あきれすぎて笑っているようだ。


 病室に笑い声がこだましていく。三人分の笑い声が。


「ハヤトくんの申し出はもちろん許したいわ。でもね、お父さんの了解を得ないうちにはかけおちでも難しいんじゃないかな。ねぇ、アカネ?」

「確かにね。今勝手に決めちゃったら後で地獄まで追い掛けられちゃう」


 なるほど。俺はそれでもかまわないと思っているが。


「じゃあ、いつになるかわからないですね」


 少し残念。今の俺の気持ちなら、すぐにでもアカネと一緒になりたい。少し暴走しているのかもしれないが、時にはそういうものも大事じゃないのか。


 お金は満足ではないがあるといえるだろう。いやまだだ、肝心なことを忘れている。



 アカネの気持ちを聞いていなかった。勢いのまま、まずったな。



「お父さんの事なら大丈夫。きっと今にでもけろっと起きてくるわよ」

「そうかな。あんなにぼろぼろになったお父さんは初めて見た。死ぬことはないと思うけど。お父さんだから」


 二人がお父さんのことについて話している。俺が見た限りじゃ、あのまま目を覚まさなくてもおかしくない状態なのに、信頼しているのか、強がっているのか。


 そういえば、ずっとこうしているが、大丈夫なのだろうか。お母さんの体調も未だ良いはずはない。


「アカネ。あなたがあずかっている書類を頂戴。後は母さんがやっておくから」

「でも、お母さんはまだ休んだほうがいいよ?」

「大丈夫!今回は少し気分が悪かっただけだから」


 お母さんは元気をアピールするように胸をたたいている。俺にはその時の腕が何とも華奢で空元気にしか思えなかった。


「お父さんも今にも目を覚ますから。アカネは家で待ってなさい。あら、ハヤトくんの所でもいいわよ。ふふふ」


 病室のドアが開けられ、看護師が入ってくる。


「お父様の意識が戻りました!」



 看護師は焦った様子だった。確かにそうだろう、俺も見たが、あの様子からこんなにすぐ意識を戻すなんて。


 二人が言っていたことが正しかった。



「ほらね、ハヤトくん。あの人は大丈夫なのよ」




 お母さんは笑って俺にそう言った。



 この夫婦はすごいと思う。言わずもがなお父さんは化け物だ。あのケガは普通の人なら死んでもおかしくない。そしてお母さん。信じ切っていた。


「アカネ。一度家で休んできなさい」

「今お父さん起きたんだよ?今あったほうが」

「ハヤトくん。お父さんにも言うんでしょう。それなのに、二人ともそんな疲れた様子じゃ、お父さんの反対に耐え切れないじゃない。それにさ、一生に一度かもしれないのにそんな恰好でいいの?」


 確かに今の俺たちは、頭もはっきりしないし、服も昨日のまま。こういう時はしっかり準備をしたほうがいいのはその通りだ。


「お父さんの所には私が行っておくから。アカネとハヤトくんは一度帰りなさい」


 お母さんはベッドから立ち上がる。以外にも足取りはしっかりしている様だったが、アカネは不安が残るようだった。それでもお母さんのいうことを納得したのか、見送られながら、病室を出ていく。俺はそのあとをついていくが、いや。なんでもない。あまり気にすることでもないだろう。


 俺たちが出るのを見て、病室に残った看護師さんが扉を閉める。


 そのまま俺たちは、歩き出していく。


 病院の廊下は結構広いもので、意外と複雑なつくりになっている。


 エレベーター前につくと、大勢人がいた。とても一回じゃ運べない人数。


「階段で降りようか」


「うん」


 階段はぐるっと一周した反対側にあるので、また少し歩くことになる。そこそこ高い階にいたため、階段も長くなる。


 肩を並べて下っていく。カンカンと足音が響く。他にここを利用している人はいないからだ。


「ハヤトも思い切ったことを言ったねぇ」

「俺もとち狂ったのかなぁ」

「でもさぁ、ハヤトも順番を間違えたよね」



「順番?」




 階段もちょうど踊り場になって、足を止める。身長差からアカネは俺を見上げる形になっているが、力強い視線がある。




「まだ私にプロポーズしてないじゃん」



 ばれてた。



 勢いで言ってしまったことも知られている。言った後で気づいたが俺は完全にアカネに言い忘れていた。


 俺は言い訳を考えながら、足を動かす。階段を下りている俺を後ろからアカネが追い掛ける。


「アカネに言っていないのは、ちょっと手違いでね。忘れていたわけじゃないんだ」

「ほぉ、どんな手違いで私じゃなくお母さんに先に報告しなければならないのかな?」


 手すりに手を置いてまたすこし足の周りが早くなる。


「アカネには言わなくても伝わるかなって…」

「大事なことじゃん!言いなさいよ!」

「俺もびっくりしてて、まさか今日いうとは」

「ハヤト、あんたって人は…」


 後ろで、アカネがあきれ声を出しているのが聞こえた。それで俺はつい振り返ると、足を踏み外して、後ろ向きのままこけてしまった。


 階段はちょうど最後の段でいつの間に一階のロビーについていた。恥ずかしさはあったが、怪我しなかったのはよかった。


「今みたいにハヤトは考えなしの行動が多いんだよ。もっと落ち着いていいんじゃない」


 アカネは俺に手を差し出す。その手をつかんで起き上がる。


 ロビーでは一度注目を集めた俺たちだったが、そのロビーにいた人が一同に向く方向は俺たちとは逆だった。



「そうか、今日は七月七日か」



 俺が呟くと、アカネもうなずく。


 そこには大きな笹が飾られていて、子供たちが群がっている。そう、七夕だ。


 飾りつけは、子供らしいものもあれば、きれいに作られたものもある。きっと入院している方皆に飾り付けてもらったのだろう。


 そして今、病院を訪れる人に短冊を書いてもらっているようだ。


「七夕は、織姫と彦星がたった一日会うことができる日だっけ」


 アカネが言う。そういって、俺の横からそちらのほうへ向かう。


 俺もそのあとに続き、途中テーブルに置いてあった、短冊を二枚とペンをとった。


「短冊に書くのは、願い事なんだっけか」

「そうだね。あれ?夢だっけ?」



 どっちだろう。笹を目の前に二人並ぶ。



 どちらも同じだろう。いや、厳密にいうと違う。


 夢というものは、思い描くもの。叶わなくてもいい。そう思うこと自体が意味を持つ。


 願いというものは、実らせるもの。努力して、今頑張っていることに結果が付くことを祈る。


 だとしたら、今から俺が書くことは、願いだろう。


「アカネはなんて書く?」

「もちろんこれ」


“母と父が元気になりますように”


 聞くだけ野暮だった。


「ハヤトはなんて書くの?」


 俺はもう、決まってた。アカネもそうだが、俺もすぐさま結果を求めるものがある。


“アカネと結婚できますように”


「アカネ。俺と結婚してくれませんか」


 アカネは微笑んで、頷く。そのあと、でもと付け加える。


「指輪をまだもらってないんだよね」

「うん。これから買いに行こう」

「私が聞くのもあれだけど、お金は大丈夫なの?」

「もちろん。今日のためにしっかり貯めていた。でも、そうなるとしばらく楽な生活はできなくなる。ごめんな」

「フフフ、そんなことだと思って、普段から少しずつ貯金してたから大丈夫」


 お互い短冊を握ったまま笑っていた。考えることは同じ。なんと息の合った二人だろうと感心してしまった。


 次にここに来るとき、指輪を持ってきちんと準備した様子でお父さんに会うことができる。そして願いがかなうように、しっかり祈りながら、俺は短冊をかけた。


「ほらハヤト!いくよ」


 俺はアカネに手を引かれ、病院を出ていく。


 次にここに来るとき、その時俺は一皮むけた存在になっているだろう。アカネを守れる男になりたいと俺は願う。そしてそれがずっと続くように夢にみたのだった。




ここまでで一段落といいますか、落ちるところに落ち着きました。


気になるところは多々ありますが、私はハヤトくんの勇気にあっぱれといいたいですね。

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