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1-14転換

日常が変化していく。


変わらないものなど何もない。ただ変えたくないとエゴが蔓延るだけである。


 七月




  転換



 俺たちは、日がな一日を送っていた。


 毎日の生活を一つ一つ楽しんで過ごしている。


 大きく不満はないし、これからの事もよく考えていたほうだと思う。


 そんな、俺とアカネの生活に転換点、分岐点といってもいいかもしれない。そういう地点が来た。


 俺が前に感じた大きな転換点は就職の時だ。あれには大きな決断があった。選択肢はそこそこあったし、俺のやりたい仕事もあった。それでも実際の生活を考えて今のところに落ち着くまで直ぐだった。安定かつ、融通の利く仕事はあまり多くはなかったのだ。



 今回はそれを超える転換点だ。



 きっかけはアカネ。様子が明らかに違うのを感じ取ったときは、昨日のことだった。


 その日、アカネは朝から一言もしゃべろうとしなかった。理由を考えても分からないので、ひとまず下手に触れないようにしていた。


 まるで何かを押し殺して、ぐっと耐え忍んでいるように見える。


 アカネは家に来るなり、リビングのテーブル前で正座したまま固まっていた。それは俺が仕事に出るまで続いていたと思う。



 この日の仕事ははかどらなかった。当然気になるのはアカネの事。



 昼休みの時間を利用して様子を見に行ったことが、本当の始まりだったかもしれない。


 昼前から気温は三十度を優に超えていたと思う。クールビズでシャツだけにしていたが、外を歩くと、汗がどっと噴き出して、体に張り付いた。


 そんな外を歩いてきたというのに、家の前に来ると猫のなーこが外に来ていた。木陰にいるものの、こんな暑い中出てくるのは気になった。


 玄関の暑くなったドアノブに手をかけて、明けた瞬間、俺の意識がもっていかれそうになる。



 尋常じゃなく熱い。



 まさかこんな日に、エアコンをつけていないのか。そう思ったが、部屋は俺が朝出た時と変わった様子もなく、明かりも消えていた。


 アカネはいないのか。


 そう思い、リビングまで進んでいくと、予想外にアカネを見つけてしまった。



 気味が悪い。



 何か嫌なことが起こっている。



 そう考えずにはいられない光景があった。


 朝と全く同じ体制で、正座のまま、唇をかみしめ、涙を流していた。


 まるで自らを戒めるように、そうしていた。


 俺はすぐに会社に連絡し、早退の扱いにしてもらっていた。この光景が、簡単には収拾のつかないことだと予想するのはたやすいものだ。


「ゆっくりで、いい。少しずつ話してくれないか」


 俺の問いかけにも無言でうつむくままのアカネが目の前にあった。


 部屋には冷房を入れ、無理矢理に水分を取らせようとしたら、さすがにコップをつかんで自分でやってくれた。


 顔には涙の後だけができて、もう体に水分がないのか、眼球も乾いた様子になっている。そんなアカネを俺は正面から向き合い、アカネの言葉を待った。


 正直に言えば、怖くてたまらない。アカネの前でそんな姿を見せてはいけないと思う心が、何とかおびえる心を打ち破っていた。



 待ちに待って、やっと口を開く。



 その時うまくしゃべられないことに気づいて、お茶を一口含んでから言葉が出た。


「私はね、お父さん似なの」


 言葉が切れる。どう話すか悩んでいる風にも見えるし、自然に出てくるのをまっているようにも見える。


「お父さんは体が強くて、怪我とか病気とか全然しない。でも、お母さんは体がとても弱い」


 勝手な考えが俺の頭に浮かんでくる。それはただの想像だと、押し切ってアカネの話にだけ集中する。


「いつもかかりつけのお医者様に見てもらっているんだけど、何とか、自宅療養しているの。


 お父さんはそんなお母さんを、いつも、一番大事に、見ていた。


 お母さんは迷惑をかけまい、としているけど、強がりだって、お父さんに言われていて。


 お父さんも危なっかしいことが、時々あって。お母さんに注意されている。もっと落ち着きなさいって。


 そんなのがいつものことで。好きだった」


 のどが渇く。ただ聞いているだけなのに。


「今朝ね、私が家を出てから、電話がかかってきた。お父さんから。『お母さんの様子がおかしい、今病院に連れて行っている』って。

 私はもう、ハヤトの家の近くまで来ていて、その電話も切れた」


 唇を噛みしめていた。何もできない俺は取り乱してはいけない。アカネが話し終えるまで、平常を見せていなければ。


 そう思い、腹筋に力を入れ、アカネを見据えた。


「その電話のすぐあと。知らない番号から。電話…。病院からで、お父さん、事故で重体だって…。


 外の階段を上る前だった。


 詳しいことを聞いたけど、どうしたらいいのか、…こんなのはしらないから…」



 アカネはそこでもう、話すことをやめたようだった。うまくない言葉遣いでも、内容はよく伝わったと思う。ただ、予想もしていないことで、俺は、体中の力抜けてしまっていた。


 アカネは再び泣いている。それを、俺は、何もできなかった。


 何も考えることができず、何も受け入れられていなかった。



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