1-1Calling
自己紹介
「初めまして、ハヤトです」
「初めまして、アカネです」
「簡単な自己紹介だけちょっとさせてもらいますと、おれが彼氏をやっていて」
「私が彼女をやっています」
「おれは一人暮らしをしていて」
「私がそこに入り浸っている形になっています」
「ちょ!入り浸っているって、そもそもの原因はアカネがうちの合鍵を作ったからであって」
「あまりにもデリカシーとかないから、全然気にしなかったじゃん」
「あまりのことについていけなくなってたんだよ!後に届いた荷物とかで追い討ちくらったし…」
「でも嫌ではないでしょ?」
「うん…いやまて、お前トイレの電気つけっぱにするだろ。そういうとこ嫌だ」
「いいじゃない、電気くらい。それより靴下!脱ぎっぱなしにするのやめてよ。臭いんだから…」
「なんだと!それならアカネも同じじゃないか。玄関で靴がそろってないんだよ!誰がなおすと思ってんだ」
「こまかいなぁ。…小さい男…」
「てめっ、なんて言った!」
「あぁ!?」
それほど大きい街ではないが、地域の活発な場所で二十代の若い二人は楽しく生活している。
こんな二人の一般的な生活。その記録の一部を少しずつ楽しんでいきましょう。
語り部は二人で交代してやってくれます。
五月
Calling
「ただいま」
『うん、そうなんだ。へぇ、それでそれで?うん…』
ある日のまだ肌寒い外から家に帰ったらアカネが電話をしていた。固定電話だったからちょっと気になって耳を傾けていた。
荷物も置いてリビングでくつろぎながら、彼女の電話に気をかける。
『うん。わかったぁ。じゃあまたね、ばいばーい』
「ねぇ、何してんの…」
電話を終えたアカネは俺の視線に気づいて、テーブルの前に胡坐をかく俺の横に座る。しばらく頬杖をかきながらその場の雰囲気を楽しんだが、台所までお茶を汲みに席を立った。
「さっきの電話だけどさぁ」
「うん」
「なんであんなに声高くなってんの?」
「ふひゃあ!?!?」
とぽとぽと麦茶をついでいる背後で、動揺しているのがわかる。
「ちょ、そんなの聞いてたの。なに?私の電話で高くなる声が気に入らないっての!?」
「ううん。そういうことじゃなくてね、新鮮だったから」
コップ二つ持って戻ると、そっぽを向いているようで、こっちを気にしているようで、どうにも俺のいたずら心をくすぐる。
「でもさ、よく言うよね。電話とかで声が高くなる人は所見の相手に対して好印象を与えるって」
「そうなの?でも大抵みんな、程度は違えど高くなるんじゃない?」
俺はふーんといってお茶を飲む。それをみて彼女も手を出した。
「そういえば、晩御飯の材料は買ってきたの?」
「うん、ばっちり。おっけー」
「じゃあ、つくろっか」
台所でアカネが楽しそうに料理している間、俺はお風呂を掃除するのが仕事だ。
ああ、ちなみにだけど、俺のケータイは防水の奴。
アカネサイド
よくからかってくるけど、決していやなことをしない彼氏。今日だって黙々と掃除してくれるし、私は結構彼のことが好き。
普通の好きよりはずっと好きかな。
ただ、さっきみたいに悪戯が好きなところがちょっとね。子供なのかな。
「今日のごはんは、どうなるかな」
実は料理はあまり得意じゃない。現在練習中。
それでもハヤトはおかわりしてくれる。
まだ、出来上がりまで時間がかかる中、リビングのほうで電話が鳴り始める。
「ねぇ、電話出てくんない?」
「ごめん、今水浸しで…ふぉあ!?ちょっ、ごめん。むりだぁ…」
またシャワーの水でもかぶったかな。彼はあれでどんくさいところがあるからね。仕方ないから私がでようか。
タオルで手を拭いて、受話器を取った。
『はいはーい。もしもしぃ。○○ですけどぉ』
背後で、キィと扉が開く音がした。それはちょうど、風呂場の扉。
『やっぱり声高くなってるね』
「ふひゃぁぁああ!?!?!?」
振り向けば、そこにはケータイを耳に当ててにやけているハヤト。
「ほら、電話の向こうの人が待っているよ」
ほらほらと彼。
「くぉんのぉぉ…、バカ野郎―!!」
いたずらさえなければ、文句ないのに。ああ、涙が出てくる。目に染みる。…え?
台所から煙が上がっている。…、火をつけたままだ!
ハヤトサイド
「あの…」
「なに?おかわり?いっぱいあるよ。さぁほら」
「いや、おかわりじゃなくて。…ごめんなさい」
「何がかな。私は好印象な電話対応をしただけだよ。ほら、お皿貸しなさいよ。おかわりたくさんあるから」
皿には黒くなった野菜炒めが山盛りされていた。
「からかってすみませんでした」
アカネは黙ってもくもくと食事する。その時再び固定電話が鳴る。
彼女は顎を使って俺をやった。
俺は文句も言わないですぐに電話に出た。
『はい、もしもし。○○です』
『…、もう許してあげるから』
俺はすぐテーブルのほうを見る。だめだ、声が震えてしまいそう。
「うぅ、ずみばぜんでしだぁぁ」
「ほら、泣かない。もう食べよう」
許してもらって、本当によかった。でもやっぱりこのさらに山盛りにされた野菜炒めはなくならなかった。