トロフィーの文字
《登場人物》
徳永 真実 (35) 警視庁刑事部捜査第一課警部
高山 朋美 (30) 同 巡査部長
加藤 啓太 (35) 警視庁刑事部鑑識課係長
沢渡 幸次郎(34) ライトノベル作家
沖田 稔 (34) フリーライター
徳永と高山は現場から捜査本部が置かれた警視庁で、捜査会議を終え、鑑識課のデスクに座って遺留品を見つめていた。
書物。pc。凶器。小物。多数にわたる被害者の遺品が一斉に並べられている。それを2人は綺麗な捜査用白手袋をはめ、手に取りよく眺める。
「仏さんが所有していた金属製トロフィーから、血が検出された。これでこのトロフィーが凶器が決定したな」
そう言いながら鑑識課係長の加藤は、凶器として使われたトロフィーを半透明のナイロンが敷かれた机に置き、その隣に置いてあった報告書を警部に手渡した。
「ああ、それで決まりだね」
徳永は鑑識課長の加藤から報告書を受け取り、内容を見る。
「んで。仏さんの状況は、後頭部に一発……。……は知ってるな? で、それによって、被害者の頭部が陥没している。どうやら犯人は力強くトロフィーで殴ったみたいだな」
加藤の口から出て行く落ち着いた口調によって並べられた言葉はとてもおぞましい。
それを耳にした高山は、少し気味の悪そうな反応を取っていた。
「ひっ」
「おいおい。そろそろ慣れるべきだろうよ?」
「どうしても苦手で……」
「はぁ……」
加藤は高山の怖そうな表情に対して呆れながらため息をつき、パソコンを操作しながら書類を書き上げている。
徳永は被害者の報告書を机に置いて、彼の遺留品を1つずつ確認していく。
まずは、被害者が書いていた書物。
《 クロス・カウントダウン AIM向上する為に……》
記事の内容は、シューティングゲームのレビュー記事で、そのゲームの専門用語と自分のプレーした感想を、色々なネタを使って面白おかしく記事にしている。
「なるほどねぇ」
徳永が書物を読んでいる間に、隣で高山は被害者が遺したPCを取り出して、手掛かりになるデータを探す。目に留まったのはある記事。
《 WORLD WEST エデンの西 ソルジャースタイルで目指す楽園》
記事は書きかけで、途中で途切れてしまっている。
「被害者はあのプレーしていたゲームのレビュー記事を書く予定だったみたいですね」
高山の言葉に、加藤は自分の操作しているPCの画面を見ながら付け足した。
「らしいな。被害者はオンラインゲーム業界隈では有名な奴だったらしいぞ。今すごい、ネットチャット板
で話題になってる」
徳永は被害者が有名な人間である事を知らず、少し驚いた様子でいる。
「そうなんだね! 知らなかったよ」
高山はそれに対して知っているようで徳永に被害者の事を説明し始めた。
「結構有名ですよ。ネットの放送サイトでのチャンネルリスナー登録数が日本で3位だとか」
それを耳にした徳永は、頷き反応している。
「だいぶ有名な人だったわけね」
「仏さんはゲームを面白おかしく説明するだけじゃなくて、ちゃんと良い所と悪い所の紹介がしてあるから、ゲーム買う時の判断とかで使われてんだろうよ」
「うーん。なるほどね」
「警部。これを……」
高山の声に徳永は反応し、一旦、読んでいた本を机に置き、巡査部長が見ているPCの画面を視線に移す。そこには、ある文章の羅列がワードで表示されている、。
「ん?」
示したデータは、彼が付けていた記録であり、日記といえるもので、徳永はそれを目に通し始めた。
《 あれから5年が経った。未だにあいつと真実を話せないままここまで来てしまっている。それで良いのだろうか? いつか話さないといつまでもこのままなのだろうか? そういうわけにはいかないいつかは決着をつけないと》
「5年前……」
徳永はその言葉を呟いた後で、凶器となったトロフィーを手に取り、見つめ始めていく。
金色のメッキにトロフィーらしい造形。大きさは少し小さいが、人を殴り殺すには充分の硬さと重さはあった。彫られた文字盤に赤黒く色あせてしまった血痕が強く強調されて見えてしまっている。
「どうした?」
加藤の呼びかけに徳永は少し喜々とした表情になりながら、彼に返した。
「トロフィーの文字盤に年代が書かれていたね」
「あ、もしかして……」
「あった。これだね」
トロフィーの文字盤を警部は示し、巡査部長に見せた。
高山の目にはしっかりと彫られた文字がよくわかる。少し血痕で汚れてしまっているが。
《 GPA 2012 宣伝部門最優秀新人賞 沢渡幸次郎&沖田稔》
高山は、文字を見て軽く反応した。
「GPAとったんですね。すごいなぁ!」
徳永も反応する。
「だね。2012年。丁度、5年前だ」
「5年前ですね。でもこれと事件に関係性は?」
高山のふとした疑問が徳永の脳裏を通っていく。彼はそれに対して考え始める。
「うん」
警部は頷く。
「うん……」
高山は首を傾げ徳永の顔を見つめる。
「?」
それに対して徳永は顔を横にそらして、トロフィーに目線を写してよく見つめてみる。
「……」
静かな空気と過行く時間が2人の目に浮かぶ。
30秒ぐらい経ってから徳永がトロフィーを置いて、腕を組み少し考えてから、高山に微笑んだ。
「ないね」
「ですよねー」
高山の呆れじみた笑みを警部に返し、徳永は苦笑いで返している。その2人のやりとりをただただ加藤はため息をついて呆れている。
「やれやれ」
徳永は高山に被害者の身辺情報を訊く。
「被害者の遺族に連絡は?」
それに対して高山は手帳を取り出し、被害者の情報を記載したページを開いて、確認した。
「ご両親も若くして亡くなっているようで、被害者自身も独身の家族もいない1人身ですね」
「なるほどね。連絡するなら知人、友人ぐらいだし。このトロフィーの名前にあった沢渡 幸次郎っていう人もまだ沖田さんが亡くなっていることは知らないだろうし」
「お伝え位はした方がいいかもしれませんね。彼が亡くなった事をこの沢渡っていう方に……。御友人さんが亡くなった事まだ……」
「行こうか。高山君」
「はい」
2人は鑑識の部屋から出て行く。その後で、加藤の怒号が部屋を駆け巡った。
「おいおい。こいつらを棚に戻してから行ってくれ!」
第3話です。話は続きます。