警部登場!
《登場人物》
徳永 真実 (35) 警視庁刑事部捜査第一課警部
高山 朋美 (30) 同 巡査部長
沢渡 幸次郎(34) ライトノベル作家
沖田 稔 (34) フリーライター
1日後
この日は、少し風が強くひどく冷え込んでいた。
沖田の住むアパートには、何台ものの警察車両がパトランプが発する赤い閃光を発しながら停車しており、背中に黄色くPOLICEと表記されたジャンバーを付けた人間がアパートの敷地内に入っている。
慌ただしい状況の中で、1台のジープがそのアパート付近にある駐車場に停車した。
助手席から、丸眼鏡をかけた警察ジャンバーを着た徳永が降り、それと同時に運転席から高山が降りた。
徳永は、自分が左腕に着けているダイバーウォッチに目を向ける。
10時30分。
彼は軽く欠伸をした後で、高山に言う。
「寒いね」
2人は歩き始め、現場へと向かう。
「最高気温が10度以下ですからね。寒くて出たくはないですけど、仕方ありませんよね」
「嫌になるねぇ。早く帰りたいよ」
「我慢してください。警部」
2人は会話しながら、アパート前を警備している警官に手帳を示し、立ち入り禁止のロープを上げてもらう。
徳永はそれを潜ってアパートの敷地内に入り、現場へと入った。高山も後を追って中に入る。
先に来ていた刑事が徳永の姿を見つけ、軽く会釈して示した。
「警部。こっちです」
徳永もそれを軽く手を振って対応する。
「今日は寒いね」
彼の言葉に部下の刑事は同感だったようで、少々、苦い表情でいた。
「全くです。こんな寒い日に事件とはね……」
2人は、現場へと入る前に、白手袋と靴にナイロンの袋を付けて部屋へと入り、徳永は、現場の周りを見渡した。
死体はなく、白いテープによって被害者の最後の姿がマークされている。
「死体は片づけたみたいだね」
部下は、彼の発言に説明を加えた。
「ええ。鑑識もすでに終えてます。被害者は後頭部を一発。あの金属製のトロフィーで殴打さ
れ、即死だそうです。ああ、そうそう。それから鑑識の加藤さんが後で連絡してくれとの事でしたよ」
その言葉を聞いた徳永は軽く礼を言って流した。
「ああ。ありがとう」
高山が被害者の部屋から財布を拾い、身分証明から被害者の情報を見つけた。
「被害者の名は、沖田稔。34歳。フリーライターですね。このアパートには4年は住んでいると大家さ
んは言っていますね」
高山は、現場の荒らされた状況から物盗りによる犯行だと考え、刑事に訊く。
「物盗りだとか?」
「ええ。財布の中はすっからかん。そこに落とされていて、銀行の通帳も見つかってません」
「なるほどねぇ……」
刑事と高山の話を聞きながら、徳永は荒らされた部屋内から、死亡した彼についての情報を探っていく。彼の目に留まったのは、荒らされた部屋の本棚。
何冊物の本が床に落ちている。
その本のほとんどがTVゲームやスマートフォンアプリケーションゲームなどが記載された雑誌と攻略本だった。
「被害者は、ゲーム雑誌とかを専門にやってたみたいだね」
高山もその本に記載されたゲームのタイトルが目に写り軽く反応した。
「ですねー。わっ! このゲームやった事あるやつだわ」
徳永の視点は、既に本ではなく、奥の寝室。ここも荒らされた状態で、物は散乱している。辺りを見渡していくと、徳永は寝室の大きな窓に目がとまる。
大きな窓は鍵の部分が大きく割れていて、外からでも鍵が開けられる様になっていた状態。徳永は窓の付近を見つめた後で、その視線は寝室の床にへと変えた。
靴跡はない。徳永は視点を変えて外の地面を窓から見た。下には、数名の警察関係者が捜査をしている。
「おーい、そこらへんに靴跡かなんかあるかい?」
そこで捜査していた刑事1人が徳永に向けて応答した。
「いいえ。ないですねー見た感じ、そこから出てきた感じじゃないみたいですよ」
「うーん」
徳永は首を傾げた。
「あれ?」
「どうしたんですか? 警部」
「これ見てごらんよ」
彼は人差し指で首を傾げた点を、彼女に示した。示した先は、窓のサッシとその床。そしてベランダの床。
そこに、窓ガラスの大きな破片が、数枚、散らばっている。所々小さな破片も見えた。
「窓ガラスの破片ですね。ここから入ってきたんでしょうね」
徳永は額を少し右手で押さえて、考え込む。
「ふむ……」
仕草からしていつもの徳永であると感じた高山は、気にせず、外の様子を見る。
考え込んだ警部は彼女に訊いた。
「ねぇ。高山君。これ、おかしくないかい?」
「えっ?」
高山は徳永の見て反応する。
彼は少し眉間にしわを寄せながら、窓ガラスの方に人差し指で示す。
「ベランダの床にはガラスが落ちているけど、中にガラスの破片はない。外から入るとして窓ガラスを割って、窓の鍵を開けるとしたら破片はベランダではなく、中の床に落ちるんじゃないかい?」
警部の主張に対して、彼女は少し考えながらも彼の言う言葉の意味を理解した。
「確かに……」
徳永は続ける。
「つまり犯人は、この窓を中から割った可能性が高い」
「なるほど!」
割れた窓を開いて外の景色を徳永は見つめた。
「つまりこの窓からでていったか……。別の所から入って被害者を殴ったかのどっちかだね」
高山の口から出た考えに、徳永は軽く微笑み告げる。
「これから忙しくなりそうだね。被害者の親交関係を洗ってみるとしようか」
徳永は、部屋へ移動してパソコンのある書斎へ向かい、被害者が座っていた椅子とデスクを見つめた。
パソコンはついたままでオンラインゲームのタイトル画面のまま表示されている。パソコンのUSB差し込み口にはUSBケーブルタイプのヘッドセット。
ヘッドセットは、机の端に置かれており、彼は、それを左耳に近づけてみた。音は聞こえず、PCゲームの音楽すら流れている気配はない。
徳永はマウスを操作して、音量内容を確認すると、数値は0。彼は首を傾げた。
「ふむ……。ゲームをして気付かなかったのかな……?」
「PCゲームに夢中で背後からの姿に気付かなかったんでしょう」
「でも、このヘッドセット羽音が流れる以前の問題だったみたいだよ。見てごらんPCの音量0になってる」
高山は徳永の捜査しているマウスカーソルが示すPCの音量を見る。確かに数値は0。その後で彼女もまた警部とおなじ行動をする。
置かれたヘッドセットの片耳を自分の耳に当てるが、ゲームの画面の音は流れていない。
「本当だ。0だ。聞こえませんね」
「PCゲームやってるのに、音量0かぁ。ならばなおさら窓ガラスが割れる音とか気付かないかい? だけ
ど被害者は気にせずゲームをしようとしていたなんて……不自然だよ」
「きっとプレーに夢中になってたのでは?」
高山の言葉を耳にした後で、徳永は続ける。
「確かに音量0でプレーする人もいなくはないだろうけど。物が割れた音がしたなら流石に席は立ち上がるんじゃないかな? ヘッドセットを置いて」
「確かに」
徳永はリビングから玄関に移動して、靴が置かれたコンクリートの床を見つめた。被害者の靴が置かれ、犯人とみられる靴の後が何個も示されているが、彼は、少し首をかしげた。
おかしい。
彼は考えながら玄関の足元に視線を合わせ、ある事に気付く。
「フローリングに靴跡がないね」
視線は、続けて、カーペットが敷かれているリビングの床。そこにも靴跡はない。そのまま警部は窓ガラスが割れている部屋に移動し、床を見つめる。
だが、靴跡はなかった。
「高山君。犯人は、その窓から入っても出てもしてない。玄関から入り、玄関から出て行ったんだ」
「えっ?」
「もしくは被害者が中に入れた。これが一番ピンとくる」
「どういうことですか?」
「基本窓から入ってきたなら靴跡か何かしら残っているけど、全くない。玄関に靴跡はあったけど床にはなく、一度脱いでるはずだ。つまり、そこから考えてみた結果、靴下かスリッパを使って部屋に入ったんだよ」
徳永は続ける。
「で、窓下の地面にも、靴跡は見つからなかった。つまり……」
「窓からは入ってない」
「正解。犯人はだいぶ手の込んだことをしてるみたいだね。厄介になってきたよ……」
徳永はそう言いながら玄関を出て背伸びし、軽いしんどさを吹き飛ばした。
第2話です。 話は続きます。