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夏の日の夢 2


「殿下。わたし自分でやりますから」

「いいや。僕がやりたいんだ。僕もこしらえるのに関わった花冠で、きみの頭を飾りたい」


 

 …………なんでもいいから! ――とっとと作業を終わらせろ!


 もう何度心のうちで吐き捨てたかわからない。テラスの柱の影に立ち、二人なかよく椅子を寄せあい花冠づくりにいそしむフランソワとシャルルを見張っていたアレンは、己の損な役回りにつくづく嫌気がさしていた。


 二人はもうずっとどちらが花冠をつくるかで花と道具を奪い合っていて、肝心の花冠の制作はいっこうにはかどっていない。傍から見ているアレンが恥ずかしくていたたまれなくなるほど、ハッキリいっていちゃついている。


 そのうちにシャルルが、

「それに殿下だなんて水臭い呼び方はやめてほしいな」

「……?」

「……シャルル、と呼んでほしい」

 と言い出したときには、思わず飛び出していってぶん殴ってやりたい衝動にかられた。


 ――――ほんと、よく耐えてるよな、俺。



 

 シャルルを客間で待たせている間、ユルグとアレンはシャルルの随従の代表者と三人で話し合いをもっていた。

 シャルルには、王家が滞在中の屋敷で催される夕刻の宴までには戻っていてもらわなければならない。となると、シャルルがわざわざここまでやって来た目的を果たさせてやらないことには、素直には帰るまい。それに明日は狩りに出ることを考慮すれば、帰途も馬を駆けさせるなどという事態は避けたい。そうすると、昼食をとってすぐにこの屋敷を出発してもらわなければ。


 それで兄弟たちは、背に腹は代えられない、とシャルルに満足してさっさと出ていってもらうべく、苦渋の決断をくだしたのだった。




 アレンが物陰で怒りに身悶えることになる、そのすこし前……。



 …………どうしよう? 緊張して、手、……手が……。


 テラスに据えられた白いテーブルの向こう側から送られてくるシャルルの熱視線に、フランソワはたじたじになっていた。

 アレンに案内されてテラスに入ってきたときから、シャルルはもうずっとフランソワを見つめている。それこそ、「穴があくほどに」という比喩が大袈裟でもなんでもないくらいに。


 …………ど、どうして、こんなにも見られているのかしら?


 フランソワはそのことが気になってしょうがない。


 そんなに、花冠づくりが、珍しいのかしら?

 …………そうか! そりゃそうよね。こんなこと、わたしがまだ小さいころはお兄様たちがこしらえてくださったり手伝ってくださったりもしたけれど、ふつうは男のかたのなさることではないわよね。ましてや殿下のようなご身分のかたは、そもそもご覧になる機会すらもなかったに違いない。


 …………て、気がついたらよけいに緊張してきてしまったわ。

 初めてご覧になる殿下にこんなお見苦しいトコロをお見せして、大丈夫なわけ、ないわよね?

 でも焦れば焦るほど、手元が震えて……。花冠をつくるどころか、せっかく用意していた花をただくしゃくしゃにして弄んでるだけ、……みたいな……。

 わたし、フダンはこんなに不器用ではないのだけど~。



 アレン兄様!


 さわればさわるほどヒサンになっていく花冠に泣きたい気分になったフランソワが、たまらず柱の傍に立つアレンに助けを求める。


 ……あぁ。モノスゴイお顔をしてこちらを睨んでいらんでいらっしゃるわ。

 シッカリしなさい。って活を入れてくださってるのね。

 そうね。そうよ、フランソワ。

 わたしの恥は、お兄様たちの恥。しっかりしなくちゃ!

 とにかく落ち着くのよ。ちゃんと落ち着いてやればできるはず。殿下がお越しになる前は、順調にできていたのだもの。



 一心不乱に花冠づくりにとりくむフランソワの姿をシャルルは正面からうっとりと眺めていた。だが没頭するあまりフランソワの顔は次第に俯いていき満足に見えなくなってしまう。それにもう二十分以上もこんな状態が続いて、一人取り残されているような気がしてきたシャルルは、もはや見ているだけでは物足りなくなっていた。


「ねえ、フランソワ。きみは知っているのかな? ……その、花冠、……を夏至の日に贈りあった男女は結ばれる、って話があるんだよ。北のほうの国に伝わる伝承なんだけどね」


 フランソワの返事はない。


「僕も、つくってみようかな」


「…………」


「ここにある花と材料は、使ってもいいのかな?」


「…………」


「……いいんだね? 僕はけっこう器用なんだよ。きっときみに似合う素敵な花冠をつくってみせるよ」




「きゃっ!!」


 突如目の前に伸びてきた指先にフランソワは、はしたなくも悲鳴をあげてしまった。

 フランソワが取ろうとしたジャスミンの茎の上で彼女の指先とシャルルのそれがぶつかったのだ。

 そのときになってようやくフランソワは、いつの間にかシャルルが肩が触れ合うほどすぐ近くまで椅子ごと移動してきているのに気がついた。



「すまない。驚かせてしまった」


 間近で心配そうなシャルルに顔をのぞきこまれたフランソワの衝撃は、今度こそ心臓が飛び出さんばかり、であった。


 シャ、シャルル様!! お近くで見ると、すっごい、……いちだんとおきれい!!




 この国の王家は、美形の家系としても有名である。王もシャルルの兄たちも王の姉弟たちもかなりの美形ぞろいであり、彼らが一堂に会する姿はまさに眼福であり圧巻であった。


 とりわけ、――シャルルは別格だった。

 その傑出した美貌で、シャルルは、「神に祝福された者」「神に愛されし王子」と最大級に褒め称えられている。

 しかし。なかには手放しで称賛しているわけではない者たちもいた。




 かつて、――――そのシャルルに匹敵する賛辞をおくられていた美姫がいた。

 国王の姉にしてフランソワの母、カトリーヌである。古今に並ぶものなき美女として真っ先に名前をあげられた彼女のもとには、遠く国境をこえて数多く縁組の打診が寄せられていた。


 カトリーヌの適齢期を前に、この国と並ぶさる大国の王子との縁談がまとまりつつあった。微妙な緊張関係が続いていた両国間において、この縁組は無事にまとまればおおいに有意義なものとなるばずだった。

 ところが。

 お相手の王子が、突然の病に倒れてしまった。それまで病気らしい病気などしたこともなかったのに。婚約が見送られたまま半年が経過しても、王子の容態は思わしくなくいっこうに快方にむかう兆しがみられない。やむなく、これ以上ない良縁と目されていたこの縁組はご破算になった。

 すぐにカトリーヌには別の国の王子との縁談が持ち上がった。だがこれも、まとまる直前になって取りやめとなった。お相手の国で、今度はなんと内乱が勃発したためである。


 そして――――。これ以降、カトリーヌへの縁談話はぱたりと途絶えた。

 なぜなら、最初の縁談相手の王子が、カトリーヌとの縁組が立ち消えとなってから間もなく快癒していたこと。

 二番めの縁談相手の国を大きく揺さぶった内乱も、先の例と同様にしりすぼみに鎮圧されていたこと。


 このふたつの事例を、単なる不幸な偶然が重なっただけとかたづけるか否か――――。

 いずれにしても、カトリーヌを襲った相次ぐ不運に彼女との縁組は縁起が悪いと、すっかり敬遠されるようになってしまった。



 ひとびとは噂した。

 神に近い玲瓏たる美しさを持って産まれたカトリーヌは、「神の寵姫」である、と。その彼女を、傲慢にも王子といえど一介のひとに過ぎない男が妻にしようとして、神の不興を買ったのだと。彼女がひとに嫁ぐことを、神が許したまわぬのだ、――――と。




 シャルルが誕生し成長するにつれいよいよ輝きを増していく彼の比類なき美貌は、ひとびとの意識の底からこの古い記憶を呼び覚ました。

 「神に祝福されし者」「神に愛されし王子」――――近くで親しく彼の姿に接し、熱に浮かされたご婦人がたの唇から溜息まじりにもらされるこの言葉も、当時を知る者たちの口の端にのぼるときには、ひととして当たり前の幸福に縁の薄い王子、との揶揄がこっそりとこめられている。

 羨望はするけれども、決して近づきすぎてはならぬ王子。ついうっかりと神々の嫉妬をもらわぬよう……。




 そんな王子の誕生から二年後。


 もう何代にもわたり男子ばかりの誕生が続いていたエルガー伯家に、女子が産まれた。

 しかも、シャルルの結婚相手となる女子である。内密とはいえ、親同士互いに誓紙まで交わして約束をしていた。



 ――――これぞ、「神のあたえたもうた奇跡!」と国王夫妻は大喜びし、伯爵夫妻が、……壮健な一族のなかにあってただ一人病弱に生まれついたフランソワの行く末に、言い知れぬ不安を抱えとらわれたのは想像に難くない……。

 

 



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